就労請求権の判例

(判例一覧)
1 中京女子大学仮処分事件
名古屋地裁
昭和61年12月25日
一部認容
2 四天王寺国際仏教大学仮処分事件
大阪地裁
昭和63年9月5日
棄却
3 四天王寺国際大学事件仮処分抗告事件
大阪高裁
平成1年2月8日
棄却
4 横浜女子短大仮処分事件
横浜地裁
平成10年12月28日
認容
5 富士大学仮処分事件
森岡地裁
平成14年4月12日
認容
6 富士大学仮処分事件(解雇事件)
森岡地裁
平成15年7月15日
認容

(1)就労請求権を否定した判例(自宅待機の無効確認を訴えを棄却)

四天王寺国際仏教大学仮処分事件
大阪地裁
昭和63年9月5日

(判決)
1.なぜ,就労請求権は認められないのか。
「労働契約においては、労働者は使用者の指揮命令にしたがって一定の労務を提供する義務を負担し、使用者はこれに対して一 定の賃金を支払う義務を負担するのが、その最も基本的な法律関係であるから、労働者の就労請求権について労働契約等に特別 の定めがある場合又は業務の性質上労働者が就労を求めるべき特別の合理的な利益を有することなどから黙示的に合意が認めら れる場合を除いて、一般的には労働者は就労請求権を有するものではないと解するのが相当である。」
2. なぜ,自宅待機は認められるのか。→自宅待機は,昇給差別等特段の事情がない限り,使用者の一般的な指揮命令権に基づ く労働力処分の一態様であり,業務命令の一種である。すなわち,特段の法的不利益性がない場合,就労請求権は認められな い。
「自宅待機は、労働者に就労請求権が認められる例外的な場合を除けば、自宅待機によって昇給等において差別されるなどの特 段の事情がない限り、単に労働者の就労義務を免除するものにすぎず、労働者に法的な不利益を課するものではない。
  したがって、自宅待機命令は就労請求権が認められる場合には法的な不利益を伴うものとして懲戒処分と解すべきであるが、 一般には、就業規則上、懲戒処分として規定され、賃金が支払われないものとされている場合等は格別、特段の事情がない限り、 単に使用者の有する一般的な指揮監督権に基づく労働力の処分の一態様であり、業務命令の一種であると解するのが相当であ る。」
3. 業務命令権の濫用と就労請求権
「自宅待機命令を業務命令の一種であると解すると、使用者は一般的な指揮監督権に基づき、原則として自由に命令を発し得るこ とになるが、そもそも、労働契約において、労働力を確保しながら、就労をさせないという事態は、通常予定されていないところであ り、自宅待機には、法的な不利益はなくても、種々の事実上の不利益が伴うことが予想されることを考えると、合理性や必要性を欠 いたり、その必要性と労働者の被る事実上の不利益を比較して、後者が特段に大きい場合等は、業務命令権の濫用として、自宅 待機命令が違法となると解すべきである。」
「しかしながら、自宅待機命令が業務命令権の濫用として、違法であり、無効と解すべき場合であっても、業務命令には法的不利 益が伴わない以上、自宅待機命令の意思表示の無効確認を求める訴えは、過去の単なる事実の確認を求めるものであるから不適 法と解すべきである。したがって、自宅待機命令の意思表示の効力を仮に停止する旨の仮処分申請は、就労請求権が認められな い限り、原則として、被保全権利を欠くものとして、却下すべきことになる。」
4. 施設使用権,教授会出席権について
「申請人は、「申請人は大学の講師という大学の教育職員であるから、大学の自治と学問の自由に基礎づけられた憲法上の基本 的人権として、学問研究をする権利があり、これは、使用者たる被申請人に対しても権利たる性質を帯びる。そして、学問研究の自 由の制度的保障として施設使用権や教授会出席権が認められるべきである。」旨主張する。
  なるほど、大学の教育職員には憲法上学問研究の自由が保障され、使用者といえどもその研究に対して、介入・干渉をすること は許されないが、そのことから直ちに労働契約において、施設使用権や教授会出席権が権利として認められれていると解すること はできない。大学の研究者は大学との労働契約において、教育・研究に従事する義務を負担するものと解されるが、憲法上学問研 究の自由を有することから直ちに労働契約上、使用者に対して教育・研究をすることが権利として認められるとは言い難い。労働契 約においては原則として、就労することは義務であって権利でないことは既に述べたとおりであって、具体的・個別的な特別の合意 があるか、または、就労を求めるべき特別の合理的な利益があることなどから黙示的に合意が認められる場合は格別、一般的に大 学の研究者であることから常に教育・研究をすることが使用者に対する労働契約から導かれる私法上の権利であるということはでき ない。
  大学の教育職員に研究室、図書館などの施設の利用が許され、教授会に出席することが認められているのは、教育・研究をす るという労働契約上の義務の履行を前提として、その義務の履行に必要な範囲において認められているものと解するのが相当であ って、大学の教育職員には当然に、教育・研究をする権利があり、その制度的保障として、施設使用権や教授会出席権があると解 することはできない。」
5. 施設使用権と教授会出席権が認められる場合
 「大学の教育職員については、就労請求権、即ち、教育・研究をする権利が、明示若しくは黙示の合意の存在によって認められる 場合にのみ、その権利行使に必要な範囲で、施設使用権が認められると解するのが相当である。また、教育・研究をする権利が認 められ、その性質・内容から、教授会出席権が認められる場合もあり得るものと解される。」
●コメント(資料Bより抜粋)
この決定は,例外的に就労請求権が認められる場合があるとしながら,教育職員と大学施設利用の必要性について軽視し,就労 請求権を認めなかった問題のある決定である。労働者一般に就労請求権がないことを認めたとしても,教育職員については,施設 利用権などが特別に認められるべきである。この決定の特別な場合とはどのような場合か問われるところである。
 なお,教育にもかかわる教授会出席権などについてどのように法的な構成をすべきか今後の課題とされているというべきであろ う。

(2) 研究室等への立ち入りを認めた判例

判例@
横浜女子短大仮処分事件
横浜地裁
平成10年12月28日
(判決)
研究室・図書館の利用を認めた判決。
「債務者は在籍中,債権者の希望した研究用図書が多数蔵書されており,債権者は,研究生活の継続のために本件短大の図書 館等の施設を利用することが必要であることが一応認められるから,図書館等の施設を利用できる地位にあることの確認を求める 実益及び必要性を認めるべきである。」

判例A
富士大学仮処分事件
森岡地裁
平成14年4月12日
(判決)
要旨: 研究室貸与請求権は,教員の地位に付属するもの
「教育職員は、研究教育活動をその主たる業務内容とするものであるから、債務者は、教育職員として雇用した者がその研究教育 活動を支障なく行うことができるような場所を提供すべき義務があるものと解するのが相当である。富士大学において、教育職員に 貸与するための研究室が設置され、現に使用されていない部屋が残されている以上、債権者は債務者に対し、現に使用されてい ない研究室のいずれかの貸与を請求する権利を有するものというべきである。
  なお、債務者は、債権者が富士大学の教育の推進に役立たない使用の仕方をしていることや、研究をしているかどうかも分から ない債権者の勤務実績によれば、用法違反、債務不履行により研究室の使用貸借契約を解除することができると主張する。しか し、債権者の研究室貸与請求権は、債権者の教育職員としての地位に付随するものと解されるから、債権者が富士大学の教育職 員としての地位を失ったものとは認められない以上、債務者の主張する理由により、研究室貸与請求権を否定することはできないと いうべきである。」

判例B
鹿児島国際大学事件
鹿児島地裁
平成14年9月30日
(判決)
要旨: 研究室の利用は身分に直結した権利の一つである。
「大学設置基準(甲15)36条1項及び2項で,大学は,その組織及び規模に応じ,研究室等を備えた校舎を有するものとすること, 及び,研究室は,専任の教員に対しては必ず備えるものとすることが定められているとおり,大学教授にとって,研究室を利用する ことは,十分な教育及び研究を行うために必要不可欠な,その身分に直結した権利の一つであると解されるから,雇用契約上の権 利を有する地位を仮に定めるとともに,研究室利用妨害禁止を求める必要性が認められる。」
判例C
富士大学仮処分事件(解雇事件)
森岡地裁
平成15年7月15日
(判決)
債権者が、その研究活動を続けるため、教育職員として貸与される研究室についても、その貸与を仮に受ける必要性も認めることができる。

(3) 教育研究活動の必要性から解雇の効力停止を認めた判例

中京女子大学仮処分事件
名古屋地裁
昭和61年12月25日
(判決)
要旨: 教授会出席の権利を含め,保全の切要性を認めた。
「本件仮処分申請中申請人油座の停職処分の効力停止を求める申請部分は、既に停職期間が経過したことが明らかであるから、 申請の利益が消滅したか、仮にそうでないとしても、右のような仮の地位を定める保全の必要性は特にこれを認めることができない から、これを却下するほかないが、その余の申請人らの解雇(懲戒、諭旨)の意思表示の効力の停止を求める申請部分について は、同申請人らが、いずれも大学の教員として被申請人学園において、その研究施設を利用するなどして自らあるいは学生らと研 究活動に従事するとともに、その成果をその名において、学会に発表したり、学生に教授したりする一方、教授会の構成員として学 園の運営に参加することが、実際に要請される立場にあることが本件疎明の全趣旨から認められ、従って、同申請人らの右申請部 分についてはいずれも、保全の必要性が肯定される。」