富士大学仮処分事件森岡地裁(平成14年4月12日)

富士大学仮処分事件森岡地裁(平成14年4月12日)
富士大学仮処分事件

盛岡地裁 平成14.4.12決定

岩手県北上市藤沢22-68-5
 債権者川島 茂裕
 債権者代理人弁護士菅原 一郎
 同菅原  瞳
 同佐々木良博
 同小笠原基也
 同加藤 文也
岩手県花巻市下根子450番地3
 債務者 学校法人 富士大学
 代表者理事青木  伸
 債務者代理人弁護士樋口 光善


主文

1 債権者が、債務者の設置する富士大学経済学部の助教授の地位にあることを仮に定める。
2 債務者は、債権者に対し、研究室として富士大学の6号館6Bを貸与せよ。

事実及び理由
第1 申立て
   主文同旨
第2 事案の概要
1 前提となる事実
(1) 債務者は、教育基本法及び学校教育法に従い学校教育を行うことを目的として、住所地に富士大学を設 置している。
(2) 富士大学は経済学部(経済学科及び経営法学科)を有する単科大学であり、教職員の数は56名、学生の 数は約1,330名である。
(3) 債権者は、昭和51年3月、千葉大学教育学部を卒業した後、東京学芸大学大学院教育学研究科で修士 課程を修了し、さらに一橋大学大学院経済学科研究科に進み、昭和56年3月に博士課程後期を修了した。
(4) 債権者と債務者は、平成6年4月1日、債権者が富士大学経済学部の助教授として勤務することを内容と する労働契約を締結した(以下「本件労働契約」という。)。
(5) 債権者は、平成6年以降、富士大学の助教授として授業を担当して教育に従事したほか、日本中世社会 経済史を中心に研究に携わってきた。
  債権者が平成13年度に担当することになった授業は下記のとおりである。
ア 第1学期(4月から8月まで)
(ア) 経済史A(1年生)

(イ) 日本の歴史A・日本の歴史B(2年生以上)

(ウ) 専門基礎演習(2年生)

(エ) 専門演習T(3年生)

(オ) 専門演習U(4年生)

イ 第2学期(9月から3月まで)

(ア) 日本経済史(2年生)

(イ) 専門基礎演習(2年生)

(ウ) 専門演習T(3年生)

(エ) 専門演習U(4年生)

(6) 債務者は債権者に対し、平成13年8月1日、債権者の経済史の講義の方法が適切性を欠いており、経済 史担当教員として不適任であるということを理由として、債権者を教育職員から解任し、事務職員に任命して図 書館勤務を命ずる旨の意思表示をした(以下「本件配置転換」という。)。
(7) 債権者は、平成13年8月から、図書館で勤務し始めた。ただし、賃金については、債権者は、職員給与表 ではなく教員給与表に従った本俸月額××万××××円の支給を受けている。
2 争点
(1) 債務者による債権者の本件配置転換は有効であるか。
(2) 本件において保全の必要性が認められるか。
3 当事者の主張
(1) 債権者
(ア) 本件労働契約は、債権者が教育職員として勤務することが内容として特定されていて、教育及び研究とい う教育活動以外の一般事務に債権者を従事させることは予定されていないから、債務者には債権者を事務職 員に職種変更する権限はない。したがって、債権者の同意なしにされた本件配置転換は無効である。
(イ) 労働契約も契約の1種である以上、その一般原理に服するのであり、契約当事者の一方が契約内容の変 更を勝手にすることはできない。債務者が主張する包括的処分権なるものは、法令に定めのないことはもちろ ん、当事者間の本件労働契約にも、このような処分権を債務者に与える旨の内容は存在しない。
(ウ) 債務者の就業規則11条4号は、「法人の教育事業の発展に支障があると認められるとき」は解雇すること ができると規定する。しかし、この規定は、解雇権という解約権を留保する規定であり、債務者に配置転換のよ うな契約内容の一方的変更を認める規定ではないから、本件配置転換の根拠にはならない。
(エ) 債務者が類推適用を主張する「地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律」は、 その施行が公布の日(平成13年7月11日)から起算して6月を経過した日からであり(同法附則)、本件配置転 換が行われた日にはいまだ施行されていなかったから、この法律を類推適用することはできない(法律不遡及 の原則)。
  加えて、同法は、初等中等教育機関において「児童生徒」への指導が不適切な教員を対象とした法律であ って、「学生」への教育を行う高等教育機関である大学にあっては、類推の基礎を欠く。
イ 大学教員にとって研究室は必要不可欠なものであり、債務者も研究室の貸与を教育職員との労働契約の 内容としているので、債権者は、研究室貸与請求権を有している。
ウ 債権者は、債務者から研究室を貸与され、週4日、平均して約30時間勤務してきており、講義時間を除いた 時間は研究室において研究活動を行っている。なお、研究室には自己所有の蔵書約3,000冊、その他の研究 活動に不可欠な資料なども保管し、日常の研究に利用している。ところが、債務者は、平成13年8月23日、債 権者に対し研究室の明渡しを求めてきたので、債権者はやむなくこれに応じたことから、現在、学内において研 究する場所を奪われた結果になっている。
  債権者は、事務職員扱いされることで、学会への出席(年4回くらい)、他大学での非常勤講師としての活 動、地域の社会教育活動への講師としての参加など、研究者、教育者としての活動もできなくなっている。
  また、債権者は、債務者から教育職員として年間教育費として50万円、学会出張費として10万円、学会費と して2万円を賃金とは別に支給されてきたが、これらの支給も打ち切られた。
  このように、債権者は、助教授の地位を否定されることで日中の勤務時間における研究活動が全く不可能 な状態になり、金銭的にも大きな不利益を受けているのであるから、本案判決を待ったのでは回復することが できない著しい損害が生じている。
(2) 債務者
(ア) 債権者は、債務者が指示した経済史の講義の内容及び方法を採らず、独自の講義内容を行い、これが 適切さを欠いていたため、債務者は、経済史担当教員として不適任であるという正教授会(出席教授27名)の 決定及び常勤理事会の同意に基づき、理事長が債務者に対し配置転換をしたものである。
  債権者は、本件労働契約の内容に違反し、どこの大学でも教える一般的な「経済史及び日本経済史」の講 義をせず、特定時代の特定地域、特定のテーマ及び女工哀史や自分の趣味の話を長々としたり、憲法の講義 等偏ぱかつ経済史に関係のない話などをして、本題の経済史の講義はわずかしか教えず、それも百科事典の 経済史欄をコピーして学生に渡し、それを棒読みするだけで、用語や概念の説明もなく、しかも誤字誤読が多 く、大学で教える講義内容とは到底思えないものであり、学生からも講義内容について不満の声が出ていて、 債務者から再三にわたり注意を受けたにもかかわらず、これに応じなかった。
(イ) 契約不履行の場合には、労働契約を解除して解雇することもできるのであるが、大学助教授といえども昨 今は思うように再雇用されることは困難であると思われたため、債務者は、あえて債権者を解雇せず、温情的 配慮をもって教育職員から事務職員へと配置転換したものである債務者は、債権者を雇用したとき、労働力の 包括的処分権を取得しており、権利の濫用にならない限り、この包括的処分権により配置転換することができ る。
(ウ) 債権者を配置転換することができる根拠としては、富士大学の就業規則11条4号が解雇理由として「法人 の教育事業の発展に支障があると認められるとき」を規定し、債権者の行為がこれに該当することが挙げられ る。
(エ) 「地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律」には「指導が不適切な教員を教員 以外の他の職に異動させることができる」と規定されているが、この趣旨は、私立大学にも類推適用されるべき である。
イ 債務者は、本件配置転換の辞令を発令した際、債権者に対し、「事務職員として働きながら今後余暇を利 用して研究を行い、立派な論文を書いて教授会で認めてもらい、経済史担当教授として適任であると認めても らえば、再度助教授に復帰も可能である。」と説明したところ、債権者は、本件配置転換の命令を承諾した。
ウ 専任教員の研究室の借用は、大学設置者の研究室設置義務の反射的効果として認められるにすぎない。 したがって、大学と大学教員の労働契約には、大学教員に研究室が貸与され、それを自由に使用し得る旨の 合意が当然に含まれていると解することはできない。
  また、研究室について、債権者が富士大学の教育の推進に役立たない使用の仕方をしていることや、研究 をしているかどうかも分からない債権者の勤務実績によれば、債務者は、用法違反、債務不履行により研究室 の使用貸借契約を解除することができる。
エ 債権者には、勤務時間内の研究活動を確保したり、研究室が必要であるとの差し迫った事情はない。学会 等は、ほとんど土曜日、日曜日に開催されるので、本件配置転換による影響はほとんどない。債権者は、教育 者としての活動の確保については、富士大学における教育活動の面ではまともな講義を行わない又はすること ができなかったのであるから、差し迫った不利益も認められない。
第3 当裁判所の判断
1 保全すべき権利について
(1) 富士大学の教育職員としての地位
  一件記録によれば、債権者は、平成6年4月1日、債務者により富士大学の専任教育職員に採用され、助 教授に任じられたこと、富士大学では、教育職員と事務職員の給与体系は別個に定められており、債権者は 教育職員としての給与の支給を受けてきたこと、富士大学では、教育職員と事務職員とはその任用の手続が 異なるほか、兼職の可否に関する条件や定年の年齢も異なること等の事実が認められる。以上の事実のほ か、一般に、大学の教育職員は、その教育研究上の業績や指導能力など、その者が有する知的かつ専門的な 能力を重視して雇用される職種に当たるものと認められることにも照らして考えれば、債権者と債務者が本件 労働契約を締結した際、債権者の職種を教育職員として限定する旨の合意をしたものと認めることができる。 すると、債務者は、その限定の範囲を超えて、債権者を教育職員から事務職員に異動させる配置転換を命じる ことは許されないものというべきである。
  また、債権者と債務者間で、債務者が債権者に対して職種の変更をゆだねる旨の合意をした事実、又は債 権者が本件配置転換を承諾した事実を疎明するに足りる証拠はない。
  なお、債務者は、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律」(平成13年法律第 104号)の趣旨が本件に類推適用されるべきであると主張し、これを本件配置転換の有効性の根拠に挙げてい る。しかし、この法律は、公布の日である平成13年7月11日から起算して6か月を経過した日から施行されたも のであり、本件配置転換のときには未だ施行されていなかったのであるから、この法律の規定が本件に類推適 用されるとの主張は理由がないものというべきである。
  以上によれば、債務者による本件配置転換は、本件労働契約に違反するものとして無効であるから、債権 者は、富士大学において講義等の教育を担当すべき正当な地位を有するか否かは別論として、なお、富士大 学の教育職員としての地位を有するものと認めるのが相当である。
(2) 研究室貸与請求権
  教育職員は、研究教育活動をその主たる業務内容とするものであるから、債務者は、教育職員として雇用 した者がその研究教育活動を支障なく行うことができるような場所を提供すべき義務があるものと解するのが 相当である。富士大学において、教育職員に貸与するための研究室が設置され、現に使用されていない部屋 が残されている以上、債権者は債務者に対し、現に使用されていない研究室のいずれかの貸与を請求する権 利を有するものというべきである。
  なお、債務者は、債権者が富士大学の教育の推進に役立たない使用の仕方をしていることや、研究をして いるかどうかも分からない債権者の勤務実績によれば、用法違反、債務不履行により研究室の使用貸借契約 を解除することができると主張する。しかし、債権者の研究室貸与請求権は、債権者の教育職員としての地位 に付随するものと解されるから、債権者が富士大学の教育職員としての地位を失ったものとは認められない以 上、債務者の主張する理由により、研究室貸与請求権を否定することはできないというべきである。
2 保全の必要性について
  確かに、債権者は、現在においても、教員給与表に従った本俸月額××万××××円の支給を受けてい るから、経済的には、差し迫った不利益があるものとは認め難い。しかし、債権者は、教育職員としての地位を 否定された上、その研究活動の場所を与えられないことや、学会等に自由に参加することができないことによ り、その職業の性質上、著しい損害を受けるおそれがあるものというべきであり、債務者が債権者に対し、事務 職員としての業務の遂行を命じている本件においては、さらに保全の必要性が認められる。
3 以上によれば、債権者の本件仮処分余令の申立ては理由がある。よって、債権者に担保を立てさせること なく、主文のとおり決定する

    平成14年4月12日
   盛岡地方裁判所第2民事部
裁判官    高橋  譲