富士大学解雇事件仮処分判決盛岡決定(平成15年7月15日)

平成14年(ヨ)第66号地位保全等仮処分命令申立事件

決     定

         岩手県北上市藤沢22-68-5
債 権 者       川 島 茂 裕
債権者代理人弁護士   菅 原 一 郎
同           菅 原   瞳
同           佐々木 良 博
同           小笠原 基 也
同           加 藤 文 也
岩手県花巻市下根子450番地3
債 務 者      学校法人富士大学
代表者理事       青 木   繁
債務者代理人弁護士   樋 口 光 善

主    文


1 債権者が、債務者の設置する富士大学経済学部の助教授の地位にあることを仮に定める。
2 債務者は、債権者に対し、平成14年5月から本案の第1審判決に至るまで毎月20日限り42万5000円を仮に支払え。
3 債務者は、債権者に対し、研究室として別紙図面斜線部分の富士大学6号館6Bを仮に貸与せよ。
4 申立費用は債務者の負担とする。

事実及び理由


第1 申立て
   主文同旨
第2 事案の概要
 1 前提となる事実
(1) 債務者は、教育基本法及び学校教育法に従い学校教育を行うことを目的として、住所地に富士大学を設置している。
(2) 富士大学は経済学部(経済学科及び経営法学科)を有する単科大学であり、教職員の数は56名、学生の数は約1330名である。
(3) 債権者は、昭和51年3月、千葉大学教育学部を卒業した後、東京学芸大学大学院教育学研究科で修士課程を修了し、さらに一橋大学大学院経済学科研究科に進み、昭和56年3月に博士課程後期を修了した。
(4) 債権者と債務者は、平成6年4月1日、債権者が富士大学経済学部の助教授として勤務することを内容とする労働契約を締結した(甲2。以下「本件労働契約」という。)。
(5) 債権者は、平成6年以降、富士大学の助教授として授業を担当して教育に従事したほか、日本中世社会経済史を中心に研究に携わってきた。
債権者が平成13年度に担当することになった授業は下記のとおりである。
ア  第1学期(4月から8月まで)
(ア)経済史A(1年生)
(イ)日本の歴史A・日本の歴史B(2年生以上)
(ウ)専門基礎演習(2年生)
(エ)専門演習I(3年生)
(オ)専門演習U(4年生)
イ 第2学期(9月から3月まで)
(ア)日本経済史(2年生)
(イ)専門基礎演習(2年生)
(ウ)専門演習I(3年生)
(エ)専門演習U(4年生)
(6) 債務者は債権者に対し、平成13年8月1日、債権者の経済史の講義の方法が適切性を欠いており、経済史担当教員として不適任であるということを理由として、債権者を教育職員から解任し、事務職員に任命して図書館勤務を命ずる旨の意思表示をした(甲5。以下「本件配置転換」という。)。
(7) 債権者は、平成13年8月から、図書館で勤務し始めた。ただし、賃金については、債権者は、職員給与表ではなく教員給与表に従った本俸月額の支給を受けていた。
(8) 債権者は、平成13年11月30日、本件配置転換を不服として、盛岡地方裁判所に対し、債権者が債務者の設置する富士大学の助教授の地位にあることを仮に定める旨を求めて仮処分命令の申立てをし、同裁判所は、債務者を審尋した後、平成14年4月12日、仮処分命令の申立てを認容する決定をした(甲6)。
(9) 債務者は、同年3月11日、債権者に対し富士大学の管理部管理課(別室)勤務を命じた上(甲13)、同年4月17日、債権者が教育職員として本旨に従った債務の履行をしなかったこと、並びに債権者が就業規則11条2号及び4号に該当したことを理由として、債権者を解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。甲7)。
(10) 債務者の就業規則11条2号は、解雇の事由として、「勤務成績が著しく不良で業務に適さないと認められたとき」と規定し、同条4号は、同じく「法人の教育事業の発展に支障があると認められたとき」と規定している。
(11) 債権者は、本件解雇がされた当時、平均月額42万5000円の賃金を得ていた(甲10の1ないし3)。
2 主たる争点
債務者による債権者の解雇(本件解雇)は有効であるか(解雇理由に該当する事実が認められるか)。
 3 主たる争点に関する当事者の主張
(1) 債務者
ア 債務者は、従前、「経済史及び日本経済史」を担当していた宮島敦子教授が佐賀大学に転勤になるため富士大学を辞めるので、その後に継続して「経済史及び日本経済史」の講義を担当してもらうことを条件にして、債権者を採用した。債権者は、2回にわたる面接時に、この雇用条件について種々説明を受け、この条件を承諾して雇用契約を締結した。
イ しかし、債権者は、以下のとおり、上記約旨に違反した。
(ア) 通常の大学の経済学部で行われているオーソドックスで標準的な講義を行わず、特定の時代、地域、テーマに偏った講義を行った。なお、債権者は、何度か注意されたにもかかわらず、改めなかった。
通常の大学での経済学部で行われているオーソドックスで標準的な講義とは、現在の資本主義経済を理解するために必要な資本主義経済の歴史の流れを講義するものである。「経済史」は、「経済原論」、「経済政策」と並ぶ経済学基礎科目で、資本主義経済の歴史を学ぶことは理論(経済原論)と応用(経済政策)を学ぶに当たって基礎となるもので、どこの大学の経済学部でも必須科目となっている重要な講義である。債務者が指示した債権者が行うべき講義の担当は、「北海道史」でもなければ、「沖縄史」でも、「岩手県史」、「社史・経済団体史」でもない。これらの講義が経済史といえるかどうかは、大学の経済学部においては、常識的に見て「経済史」とは到底言えないのであるから、これらの講義が「現在の資本主義経済を理解するために必要な資本主義経済の歴史の流れを講ずるもの」であることを債権者が立証すべきである。
「日本経済史」についても、「現在の日本(資本主義)経済を理解するために必要な日本経済の流れを講ずるもの」が、「通常の大学での経済学部で行われているオーソドックスで標準的な講義」である。「沖縄史」、「北海道史」、「奥州藤原氏と平泉史」、「中尊寺金色堂」、「毛越寺と無量光院」、「社史・団体史」が「日本経済史」といえるのかどうか、債権者側で立証すべきである。
なお、債権者は、平成11年に「日本経済史」について債務者側から注意を受けたとき、講義題目を「前近代の日本の経済構造と流通経済史」に改め、また、平成12年にも「経済史」について注意を受けたときは、講義項目を「資本制経済の歴史」に改めている。しかし、債権者は、その後、そのとおりに講義を行っていなかった。
(イ) 「経済史」と「日本経済史」は異なる科目であるにもかかわらず、講義を全く同一のテーマで行い、しかも、それをごまかすために年度を変えて交互に行っていた。
(ウ) 講義の中で、授業の主題とは関係のないことに多くの時間を割き、授業の主題に費やす時間はわずかであった。
(エ) 「講義資料」なるもの、例えば、百科事典の経済史欄等をただ棒読みするだけのお粗末な講義であった。
「正しい教授法」とは、最低限、適切な教科書・資料を選定し、講義の組立て方を工夫し、重要な経済用語・概念について説明を行うものである。そうであるのに、債権者の授業は、教科書もなく、講義資料の選定には専門家から疑問が呈され、経済史とは関係のない「図書館の利用の仕方」、「レポートの書き方」、「答案の書き方」等に大きく時間を割き、しかもその講義中「経済史」の内容といえるものは2割未満しかない有様である。
     大学の教員であれば、「正しい教授法」とは何か知っているのが常識であり、その前提の下に教育職員として採用されるのである。
(オ) 「経済学」に関する基礎知識を欠き、講義のとき、重要な概念や経済用語の解説も行わなかった。
(カ) 教育職員として、就業規則に定める勤務時間の5割を少し超える程度にしか大学に勤務しておらず、労務の提供という面においても債務不履行が生じていた。
ウ 債権者について、就業規則11条2号(勤務成績が著しく不良で業務に適さないと認められるとき)に該当する事実は、次のとおりである。
(ア) 前記イ(ア)ないし(オ)の事実は、債権者の経済史に対する能力不足に起因するものであり、その結果、自分が研究した狭い範囲の講義しかすることができず、また、「経済学」の基礎知識のない債権者には、オーソドックスで標準的な講義を、正しい教授法により講義しようとしても、行い得なかった。
(イ) 講義中に、大学教員として資質が問われるような漢字の読み違いを多発させていた。
(ウ) 前記イ(カ)の事実
エ 債権者について、就業規則11条4号(法人の教育事業の発展に支障があると認められるとき)に該当する事実は、次のとおりである。
(ア) 債権者の行った授業の内容が受講した学生経由で出身高校に伝わり、富士大学の評判を落とし、少子化の現時代に学生募集に支障を来している。
(イ) 日本一の授業を行おうという学長の方針に反し、上記イのような授業を行ったこと、また、将来的にも改善の見込みがないことから、債務者の教育事業に支障を来す。
(2) 債権者
ア 就業規則11条2号について
債権者に就業規則11条2号に該当する事実はない。
(ア) 債務者は、「オーソドックスで標準的な」経済史の講義とは、現代の資本主義経済を理解するために必要な資本主義経済の歴史の流れを講義するものであるという。
しかし、現代の資本主義経済を理解するためにどのような視点からアプローチするかは、その講義を行う大学教員の学問の自由、教授の自由(憲法23条)に属する問題であり、債務者が主張するように資本主義経済の歴史の流れという視点に限られないのであって、むしろ、債権者が行ったように、資本主義経済の歴史から離れて、前近代の経済史からのアプローチを加え、市場経済を歴史的に相対化してとらえる必要性が高いとの見解もある。
(イ) また、債務者は、債権者が「特定の時代、地域、テーマ」に偏った講義を行ったことをもって、債務不履行の根拠に当たるとしている。
     しかし、「特定の時代、地域、テーマ」に絞った講義を行うことは、経済史的な「ものの見方」を身につけさせる上で有効な方法であり、また、個別具体的な例から抽象化して全体的な理解へと昇華させていく方法は経済史に限らず広い分野で活用されているが、経済史においても、「特定の時代、地域、テーマ」を講義することは、現代の資本主義経済を理解させる上で有意義な方法である。
(ウ) 債務者が、債権者の能力不足の裏付けとして挙げている例は、理由になっていない。
(エ) 債権者は、平成10年ころ、債務者理事長から、債権者の「日本経済史」の講義内容が「中尊寺金色堂のみである」と非難され、債権者のシラバスの内容が「時代、地域、テーマに偏りがある。」としてシラバスの変更を求められ、変更に応じないのであれば辞表を提出するように要求されたので、不本意ながら変更したシラバスで講義をした。
     また、「経済史」についても、平成12年5月、理事長から「女工哀史は経済史ではない」のでシラバスを変更するように要求があった。債権者は「女工哀史」は経済史の適切な講義内容と考えていたが、2度にわたり理事長から変更に応じないならば辞表を書くように強要され、やむなく変更することにした。理事長は、修正されたシラバスの講義題目を実質的には「日本近代史(特に、政治)」であると決めつけ、経済科の教授たちに「授業参観」をさせ、さらには債権者の事務職員への配置転換、解雇という強硬な政策をとったのである。
(オ) 債権者は、富士大学では、講演風の講義や黒板に書いてノートを取らせるという伝統的なやり方では効果的な教育はできないと考え、他大学などでの経験例、著作なども勉強し、自分なりに工夫し、配付資料の重要点を読みながら指摘をしたり、解説を加え、必要に応じて重要な概念や用語の説明をしたりして授業を進めており、私語もなく、受講生は真剣に受講してくれている。毎回の授業で、受講生にミニレポートを提出してもらい理解度を点検し、自己の講義方法の反省の資料にするなど、先進的な講義方法をとっているのであり、講義方法が著しく不良だとか、将来的にも改善の見込みがないということではないし、債務者の主張する「正しい教授法」という物差しからみても問題とされるところはない。
     また、「授業の主題とは関係のないことに多くの時間を割き」という主張も誤りである。
(カ) 債務者は、就業規則20条1項の「勤務時間は、休憩時間を除き1日7時間50分とする」との規定が教員にも適用されることを前提として、債権者が就業規則に定める勤務時間の4割程度しか大学に勤務していなかったので、その労務提供が不完全であり、これも解雇事由になっていると主張する。しかし、その前提は、誤ったものであるし、また、債務者による年間勤務時間の積算方法も不合理なものであるから、前記主張は債務不履行の根拠にならない。
イ 就業規則11条4号について
債権者に就業規則11条4号に該当する事実はない。
(ア) 大学の評判を落としたこと
債務者は、受講生の出身高校の教員から「経済史と関係のない講義をする」との批判があったことを前提としているが、債権者はそのような事実を知らない。
     また、債権者の講義の風評により、学生募集に支障を来しているという事実も考えられない。
(イ) 債務者から指示された経済史の内容を教えられず、将来的にも改善の見込みがなく、法人の教育事業に支障を与えること
     債権者の講義が「標準的」でないと批判されるものではないことなど、債務者が債権者の講義の内容、仕方について主張するところが誤りであることは、既に主張したとおりである。
第3 当裁判所の判断
 1 就業規則11条2号(勤務成績が著しく不良で業務に適さないと認められるとき)に該当する事実の存否
(1) 債務者は、本件解雇の理由として、債権者が通常の大学の経済学部で行われているオーソドックスで標準的な講義を行わず、特定の時代、地域、テーマに偏った講義を行い、何度か注意されたにもかかわらず、これを改めなかったと主張する。
    しかし、債権者が通常の大学の経済学部で行われているオーソドックスで標準的な講義を行わなかった事実を疎明する証拠はない。債務者の関係者が債権者の講義のすべての時間に出席して、その内容の正確な評価を行ったことを示す証拠はない。そもそも、債権者は、富士大学で行う講義の内容をどのようなものにするのかについて、「経済史」あるいは「日本経済史」という枠組の中で一定の範囲内の裁量を有するものというべきであり、債権者において、現代の資本主義を理解するためには、資本主義経済の歴史から離れて前近代の経済史からの視点に基づいて市場経済に検討を加える方法論や特定の地域の実態を基礎として経済史についての理解を深める方法論を採用することが有効であるとの立場に立って講義を行っていたものである以上、そのような方法論の採用が不合理なものということはできない。しかも、一地方の事件・現象を追求し分析することによって、その事件・現象が歴史にどのように位置づけられるかを論証することも、歴史学研究の確立された方法論の一つであり(甲21)、債権者がその手法を講義の中で取り入れようとしたことが非難に値するものということはできない。すると、債権者の講義内容が、債権者が指摘しているようなテーマに沿ったものであったとしても、そのことのみでは、直ちに債権者の解雇を正当化するに足りるような根拠があるものと認めることはできない。
    なお、債務者は、債権者が特定の時代、地域、テーマに偏った講義を行い、何度か注意されたにもかかわらず、これを改めなかったと主張するが、債権者は、債務者の理事長からの指摘に基づいて、シラバスの内容を変更するなどしているのであり、債務者側からの指示に従わなかったとの主張も理由がない。
(2) また、債務者は、債権者の教授方法が大学の講義を担当するものとしてあるべき水準に達していないと主張するが、その事実を疎明する証拠はない。
    債務者が債権者の教授方法についてあるべき水準に達していないことの根拠として挙げる事情は、直ちに債務者に対する債務不履行を構成するものであるといえるか疑問がある上、上記のような教員の素質や能力に関わる基本的な事柄については、債務者が債権者を採用する際に容易に審査することができるものであるし、遅くとも、採用後まもなくのうちに明らかになり、その時点で債務不履行の指摘がされてしかるべき性質のものというべきであるが、債務者が債権者に対し、採用後まもなくの時点で、債権者の教授方法に問題があるとの指摘をして改善を求めた事実を疎明する証拠はない。いずれにしても、上記債務者の主張が十分な裏付けに基づくものとは認め難い。
(3) 債務者は、債権者が教育職員として就業規則に定める勤務時間の5割を少し超える程度にしか大学に勤務しておらず、労務の提供という面においても債務不履行が生じていた旨主張する。
しかし、平成12年9月に改正された就業時間に関する就業規則が教育職員に対して適用されるべきものであるのかについて疑問がある上、当時の副理事長が、その改正について、「教育職員については、就業規則の文言にかかわらず、従来の慣行を尊重して運用する」旨の発言をし、教員としての職責を果たし、良識ある行動をとっている教育職員については従来の慣行を尊重した運用をすることについて何の問題もないことについては、債務者も自認しているところである。また、証拠によれば、債権者は平成12年4月から債務者の入試委員に任命され、県外の高等学校に学生募集の用務で出向くことがあり、これを効果的に行うために、週3日の時間割にすることの承認を入試部長及び教務部長から得た上で、これを教務課に申告していたこと、債権者は、平成13年度については、入試委員には選任されなかったが、平成13年4月13日、東北大学での非常勤講師としての活動及び岩手大学での共同研究を理由として、週3日の時間割とする行動計画書(乙15の2)を債務者の学長及び理事長にあてて提出した上、特段の指摘もなくそのとおりの行動をしていたこと等の事実を認めることができる。
    以上によれば、債務者の富士大学における勤務時間の長さを根拠として、労務提供面における債務不履行があるものと認めることはできない。
(4) 以上のとおり、債権者について、就業規則11条2号(勤務成績が著しく不良で業務に適さないと認められるとき)に該当する事実があることを疎明する証拠はないから、この点に関する債務者の主張は理由がない。
2 就業規則11条4号(法人の教育事業の発展に支障があると認められるとき)に該当する事実
 まず、債権者の行った授業の内容が受講した学生経由で出身高校に伝わり、富士大学の評判を落とし、少子化の現時代に学生募集に支障を来しているとの事実を疎明する証拠はない。また、債権者の行った講義の内容が債務者の教育事業に支障を来すことを疎明する証拠もない。
   この点に関する債務者の主張も理由がない。
 3 保全の必要性
 債権者は債務者からの給与により生計を立てていたものであるが、本件仮処分命令の申立てに至る経緯にも照らして考えれば、債権者が本件労働契約に基づき富士大学の助教授の地位にあることを仮に定めた上、債務者に対し本件解雇当時の平均給与額42万5000円の支払を命じる必要性が存在するものと認められる。
 また、債権者が、その研究活動を続けるため、教育職員として貸与される研究室についても、その貸与を仮に受ける必要性も認めることができる。
 4 以上によれば、債権者の本件仮処分命令の申立ては理由がある。よって、債権者に担保を立てさせることなく、主文のとおり決定する。


   平成15年7月15日
        盛岡地方裁判所第2民事部
                裁 判 官  高 橋  譲
(別紙図面略)