最近における大学教員の権利侵害事件
2003年
鈴鹿医療科学大学就業規則不利益変更事件

1.事実関係

この事件は,教職員として勤務し退職した者に,退職金規程の不利益変更によって,減額された退職金を支払った事案に対して,裁判で争われたものである。

2.津地裁判決(被告側控訴しないことで本判決は確定)

2003年6月11日,津地裁は原告を主張を認める判決を下した。判決文は,下記の通り。
この判決は,労働条件の変更の際の原則的な考えおよびその基準が示された(その箇所は判決文の中で,赤字で表示した)

 

鈴鹿医療科学大学未払退職金請求事件津地裁判決 (2003年6月11日)

平成15年6月11日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 渡邊滝吉
甲事件・平成11年(ワ)第143号 未払退職金請求事件
乙事件・平成11年(ワ)弟253号 未払退職金請求事件
口頭弁論集結日 平成15年1月29日

     
判      決

   原告ら訴訟代理人弁護士  小 島 高 志
 同             石 塚    徹
    同          石 塚 俊 雄
    同          塚 越 正 光

三重県鈴鹿市岸岡町1001番地1
   甲事件・乙事件被告   学校法人鈴鹿医療科学大学
   同 代 表 者 理 事   中  村   實
   同訴訟代理人弁護士   杉 本 雅 俊
同         加 藤    茂

 

主     文

1 被告は,原告らそれぞれに対し,別紙退職金計算一覧表「未払額」欄記載の各金員及びこれに対する同表「支払期限」欄記載の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負租とする。
3 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。

事 実 及び 理 由


弟1請求
  主文同旨


弟2 事案の概要
  本件は,教授,助教授,講師,助手又は事務職員として被告に勤務していた原告らが被告は,原告らがそれぞれ退職した日から1か月以内に平成3年3月26日に成立した被告教職員退職金規程(甲3,31の2,以下「3月規程」という。)に基づいて退職金を支払う義務があるのに,同年10月24日に退職手当算出指数を引き下げるなどの改正をした同退職金規程(乙20,以下「10月規程」という。)に基づいた退職金しか支払わないとして,被告に対し,その差額である別紙退職金計算一覧表(以下「別表」という。)「未払額」欄記載の各金員及びこれに対する退職した日から1か月後である別表「支払期限」欄記載の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。


1 争いのない事実
(1)原告らは,被告に別表「採用日」欄記載の日に教授,助教授,講師,助手又は事務職点として採用され,別表「退職日」欄記載の日に退職したものである。
(2)被告は,平成3年2月2日に設立され,肩書地に法人本部をおき,大学院,保健衛生学部,医用工学部で構成されている鈴鹿医療科学大学を設置,運営している。なお,被告は,設立時には,「学校法人鈴鹿医療科学技術大学」の名称であったが,平成10年4月に現名称に変更された。
(3) 被告は,平成3年3月26月,就業規則,教職員給与規程,教職員退職金規程等の諸規程を定めたが,それには以下の定めがあった(ただし,被告は,退職金規程を同日定めたというのは真実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものであるとして,その自白を撤回し否忍するに至ったが,原告らはこの自白の撤回に異義を述べた)。
ア 就業規則
教職員の退職金は,別に定める「学校法人鈴鹿医療科学技術大学教職員退職金規程」により支給する(28条)。
イ 教職員退職金規程(3月規程)
(ア)退職金の額は,教職員が退職し,又は死亡した日における給料月額にその在職年数に応じて別表に定める指数を乗じて得た額とする(5条)。
(イ)退職金の算定基礎になる在職年数の計算は,採用発令の日の属する月から退職発令の日の属する月までとし,休職期間の月数(業務上の負傷又は疾病による休職期間を除く。)はこの期間に算入しない(6条)。
(ウ)退職金は,退職又は死亡の日から1カ月以内に支払うものとする(9条)。
(エ)この規程に定めるところにより退職金計算の結果生じた100円未満の端数は100円に切り上げるものとする(10条)。
なお,退職金規程の別表「退職手当算出指数表」は,在職期間に対応して0ないし49.75までの指数(乗数)を定めており,また,5条にいう給料とは諸手当を含まない本給(基本給)を指すものである。
(4)被告は,原告らそれぞれに対し,別表「既払額」欄記載の退職金を支払った。


2 争点
(1)被告において,3月規程が成立したかどうか(3月規程は確定的な案として議決されたものではないから,これが成立したという被告の自白は真実に反し,錯誤に基づくものであるかどうか。)。
(2)仮に被告において3月規程が成立したとしても,被告は退職手当算出指数表として財団法人私立大学退職金財団(以下「退職金財団」という。)の定める指数表を添付しようとしていたにもかかわらず,これと異なる指数表を3月規程に添付してしまったものであるから,錯誤に基づくものとして,同指数表部分は無効であるかどうか。
(3)仮にそうでないとしても,退職金規程は平成3年10月24日に改正され,その5条は「退職金の額は,教職員が退職し,又は死亡した日における給料月額にその在職年数に応じて,財団法人私立大学退職金財団で定める指数を参考に理事長が定める。」と変更されるとともに,その末尾に参考として退職金財団で定める退職手当算出指数表が添付されたところ,これは従前誤って添付された指数表を正しいものに改めたものとして,合理的理由があるかどうか。
(4)原告■■の退職時の給料額はいくらか。
(5)原告■■に対する慰労金は退職金の一部に含まれるか。


第3 争点に対する判断
1争点(1)(3月規程の成立の有無及びこれに関する自白の撤回の可否)について
  証拠(甲2,3,15ないし17,18の1,19,24,26の1,乙5,6,22,26,29,証人■,証人■■,原告■■)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,平成2年6月30日に大学設置認可手続の文部省に対する第2次申請をした後,当時設立準備委員会の職員であった■■■らを中心に退職金規程を含む諸規程の本格的な作成に取りかかったが,その際には国立大学並みの待遇をするということで教職員の勧誘をしていたことから,教職員退職金規程についても国立大学に準じる内容にしようとしたものの,国において採用されている退職金の算定基準が複雑であったため,直接これに準拠することは断念し,日本私学振興財団の学校法人諸規程例(甲19)に掲載されていた東京都私学退職金社団の退職手当算出指数表が国の退職金算定基準とほぼ一致していたことからこれを退職手当算出指数表に用いることにして,平成3年3月26日の第2回理事会において就業規則,教職員給与規程,教職員の定年に関する規程及び教職員旅費規程とともに3月規程が成立し,これに基づいて,平成3年4月1日ころ,中村實理事長の指示で3月規程を含む規程集が教職員に配布されたことが認められる。
 被告は,この点について,平成11年6月30日付けの準備書面(一)においては,3月規程の成立とその教職員に対する配布を認めていたものの,後にこの自白を撤回し,退職金規程については被告において退職金財団に加入した上,退職金財団の規程による支給率によって算出される金額の退職金を支給する規程を作成することとしていたが,財団に対する加入が平成3年4月22日と遅れてしまい,同年3月26日の第2回理事会においては退職金規程を確定的に成立させることは不可能であったため,第2回理事会においては確定的な案としては議決せず,諸規程の成立を後日に持ち越したのであり,このことは第2回理事会の議事録において「議長から,今後運用していく段階で実際と規程が整合しない部分が発生した場合,その都度理事会に諮り承認を求め,改善していきたい旨提案があった。協議の結果全員一致で承簿可決された。」との記載があり,また,同年7月10日の第3回理事会議事録において,諸規程案に関する件として「議長から,現在運営上いろいろと見直さなければならない部分があり,見直し中のため次回理事会で提出したい旨提案があった。協議の結果全員一致で承常可決された。」との記載があることから明らかである旨主張する。しかしながら,証拠(甲17,乙10,証人■■■)及び弁論の全趣旨によれば,退職金財団は学校法人が教職員等に支払うべき退職金資金を確保するため,学校法人が納付した掛金をプールして運用し,教職員が退職したときにはその在職期間に応じて定められた交付率表により算出した資金を学校法人に支払うものであって,退職金財団に加入したからといって財団が定める学校法人に対する資金の交付率表と退職手当算出指数表を一敦させなければならないものではなく,各学校法人は独自に退職金規程を定めることができるところ,被告においても第2回理事会のころまでは退職金財団が定める学校法人に対する資金の交付率表と退職手当算出指数表を一致させるという考えはなかったことが認められるから,第2回理事会において未だ退職金財団に対する加入を済ませていなかったからといって退職金規程を確定的に成立させることが不可能というものではない。そして,第2回及び第3回理事会議事録における上記記載については,第2回理事会で3月規程が成立したことを前提として,その後不都合が生じた場合に見直しを行っていくことを述べているものにすぎず,また,平成3年10月24日の第4回理事会において退職金規程の「改正」との文言が用いられているのも,第2回理事会で3月規程が成立したことを前提としているものというべきである。したがって,被告の上記主張は3月規程の成立についての自白の撤回の点を含めて採用できず,その他に認定を覆すに足りる証拠はない。


2 争点(2)(3月規程の退職手当算出指数表の錯誤の成否)について
被告は,仮に3月規程が成立したとしても,被告としては退職手当算出指数表として退職金財団の定める指数表を添付しようとしていたにもかかわらず,これと異なる指数表を3月規程に添付してしまったものであるから,錯誤に基づくものとして,同指数表部分は無効である旨主張する。
 しかしながら,上記認定のとおり,退職金財団に加入したからといって財団が定める学校法人に対する資金甲交付率表と退職手当算出指数表を一敦させなければならないものではなく,各学校法人は独自に退職金規程を定めることができるところ,被告においても第2回理事会のころまで退職金財団が定める学校法人に対する資金の交付率表と退職手当算出指数表を一敦させるという考えはなかったものであるから,被告の上記錯誤の主張はその前提を欠くものであって,採用できない。


3 争点(3)(改正10月規程の有効性)について
 証拠(甲25,乙8,32,証人■■,証人■■,証人■■)及び弁論の全趣旨によれば,被告は平成3年4月22日に退職金財団に対する加入を認められたところ,その後退職金財団が定める学壌法人に対する資金の交付率表が3月規程の退職手当算出指数表より低いことが分かったので,被告は,3月規程における退職手当算出指数表を退職金財団が定める学校法人に対する資金の交付率表に一敦させようと考え,同年10月24日の第4回理事会において,退職金規程の5条を「退職金の額は,教職員が退職し,又は死亡した日における給料月額にその在職年数に応じて,財団法人私立大学退職金財団で定める指数を参考に理事長が定める。」と変更するとともに,その末尾に参考として退職金財団で定める退職手当算出指数表を添付するという10月規程への改正をしたが,10月規程が教職員等に配布されたのは平成5年1月になってからであり,それまでは平成4年4月に採用された者を含めて教職員等に対してその内容が示されることはなかったものと認められる。
 被告は,この改正は,被告においては当初から退職金について退職金財団所定の支給率に準拠することとなっていたのであるから,従前暫定的に添付した支給率表を正しいものに改めたというにすぎず,合理的理由があることは明らかである旨主張する。しかしながら,使用者が就業規則の変更によって労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは原則として許されないのであって,退職金という労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更については,その条項が,そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合に,その効力を生ずるものというべきである。そして,その合理性の有無は,具体的には,就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度,使用者側の変更の必要性の内容・程度,変更後の就業規則の内容自体の相当性,代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況,労働組合等との交渉の経緯,他の労働組合又は他の従業員の対応,同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。これを本件についてみるに,10月規程に基づき支給された教職員等の退職金は,3月規程に基づく退職金額に比べて減少する結果となっているが,その不利益を軽減するための代償措置は何ら採られていない。また,被告は,退職金財団へ加入したために退職金規程を改正したとするが,上記認定のとおり,退職金財団に加入したからといって財団が定める学校法人に対する資金の交付率表と退職手当算出指数表を一致させなければならないものではなく,各学校法人は独自に退職金規程を定めることができるところ,被告においても第2回理事会のころまでは退職金財団が定める学校法人に対する資金の交付率表と退職手当算出指数表を一致させるという考えはなかったものであるから,特に就業規則を変更しなければならなかった必要性も認められない上,3月規程では明確に算出できた退職金が,10月規程では,上記のとおり,添付されている退職金財団で定める退職手当算出指数を参考に理事長が定めると改正され,労働基準法89条3号の2が退職金の計算方法を定めることを要求した趣旨に反する疑いが強く,その内容自体も相当性を欠くものである。さらに,被告は,教職員等に同意を求めることなく退職金規程を改正しており,平成5年1月までは平成4年4月に採用された着を含めて準職員等笹対してその内容が示されることはなかったのであるから,10月規程は,退職金の減額という不利益を教職員等に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるとはいえない。 
したがって,改正10月規程は原告らに対して効力を生じるものではなく,被告は,原告らに対し,3月規程に基づいて退職金を支給すべきである。


6 以上によれば,原告らの請求はいずれも理由がある。


津地方裁判所民事部
裁判官  後 藤   隆