平安女学院大学びわ湖守山キャンパス就学権確認訴訟、大阪高裁判決(全文)
2005年9月28日

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平成17年9月28日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 印

平成17年(ネ)第1783号 就学権確認等請求控訴事件

(原審 大津地方裁判所平成16年(ワ)第573号)

当審口頭弁論終結日 平成17年7月27日

判       決

      控訴人(原告)     川  戸  佳  代

     同訴訟代理人弁護士   吉  原     稔

京都市上京区下立売通烏丸西入5町目町172番地の2

     被控訴人(被告)    学校法人平安女学院

     同代表者理事長     山  岡  景 一 郎

同訴訟代理人弁護士   姫  野  敬  輔

同           松  本  智  之

      同           橘     英  樹

主      文

   1 本件控訴を棄却する。

   2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。

 2 控訴人が,被控訴人の経営する平安女学院大学を卒業するまでの間(卒業最 短修業年限),被控訴人の設置するびわ湖守山キャンパス(以下「守山キャンパス」という。)において就学する権利(教育を受ける権利)を有することを確認する。

 3 被控訴人は,控訴人に対し,同卒業までの間,守山キャンパスにおいて就学させよ。

第2 事案の概要等

1 事案の概要

(1) 本件は,被控訴人の経営する平安女学院大学の現代文化学部に在籍する控訴人が,同学部を守山キャンパスから高槻キャンパスに移転・統合することを決定した被控訴人に対し,@控訴人が守山キャンパスにおいて授業等の教育を受けることは,平成14年4月に控訴人と被控訴人の間で締結した在学契約(以下「本件在学契約」という。)において被控訴人の履行すべき義務の重要な内容となっていた旨,A被控訴人は,守山市及び滋賀県から補助金の交付を受けるにあたり,守山市及び滋賀県との間で,被控訴人が相当の長期間守山キャンパスを存続させてそこで授業を行う債務を負担し,控訴人を受益者とする第三者のためにする契約(ないし規範設定契約)を締結したものであり,控訴人は同契約の利益を受益するとの意思表示をした旨,B同補助金の交付は負担付贈与であり,被控訴人は,控訴人に対し,控訴人を守山キャンパスで就学させるとの負担を負った旨をそれぞれ主張し,控訴人が前記卒業までの間守山キャンパスにおいて就学する権利(教育を受ける権利)を有するとして,同権利の確認と履行を求めた事案である。

 (2) 原審裁判所は,控訴人の上記確認請求について,同確認請求の対象たる権利は上記履行請求(給付請求)の内容と全く同一であるから,確認の利益が認められず,不適法であるとして,同確認請求に係る訴えを却下し,また,控訴人の上記履行請求について,大学の在学契約に施設利用契約の性質があるとしても,その施設は一定の基準に従った施設であれば足り,特定された施設を利用させることまでが在学契約の内容になっているとはいえず,特定の施設を利用できることは,学生が在学契約を締結するに至る主観的な期待であって,動機にとどまり,これを超えるものとはいえないから,それに基づいて履行請求が可能となるような法的な権利が発生するとは認められないとして,前記@の主張を採用せず,また,守山市や滋賀県が被控訴人に補助金を交付した際に期待したことの内容には,被控訴人の学生が守山キャンパスで就学し,守山市内を中心として学生生活を送ることが含まれていたとはいえるが,それは,その自治体の振興やその住民の福祉の向上のための手段にすぎず,守山市や滋賀県が,その自治体外からも特段地域を限定せずに募集される個々の学生に対して,守山キャンパスで就学する具体的権利を付与することまでを意図し,それを内容とする第三者のためにする契約を締結する意思があったと解することは困難であるから,仮に被控訴人と守山市や滋賀県との間の協定等が私的な契約関係としての性格をも有するとしても,控訴人主張の第三者のためにする契約が締結されたと認めることはできないとして,前記A及びBの各主張も採用せず,上記履行請求を棄却した。

(3) そこで,これを不服とする控訴人が本件控訴を提起した。

2 前提となる事実及び当事者の主張は,下記3において当審における控訴人の主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」欄第2「事案の概要」の2ないし5(原判決2頁4行目から14頁10行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

  ただし,原判決2頁22行目末尾を改行して次のとおり加える。

(6) 被控訴人は,平成17年4月1日,平安女学院大学の現代文化学部について,高槻キャンパスに統合するとともに,名称を変更して人間社会学部とした。同日以降,人間社会学部の授業等の諸活動は高槻キャンパスで実施されており,控訴人も高槻キャンパスに通学している。」

3 当審における控訴人の主張(第三者のためにする契約ないし規範設定契約に ついて)

(1) 第三者に給付請求権を帰属させる通常の第三者のためにする契約(真正な 第三者のためにする契約)と,第三者に権利を帰属させない第三者のためにする契約との区別については,要約者から諾約者への出捐の有無が判断基準であると解されるところ,本件においては,要約者である守山市が補助金を支出し,出捐をしていることからも,第三者のためにする契約の成立が認められるべきである。

 守山市と被控訴人,滋賀県と被控訴人との補助金交付に伴う契約は,被控訴人が高校卒業生等の入学者に対して守山キャンパスで就学する機会をつくるために,守山キャンパスを建設することについて,守山市と滋賀県が,その70%近い額の補助金を交付するのに対し,被控訴人が,守山キャンパスを建設し,そこで授業をし,教育の場所を開設することを明文の文書で約束し,守山キャンパスの開設後に,被控訴人の守山キャンパスの就学の勧誘に対して入学申込みをした控訴人の申込みを承諾し,在学契約を締結し,その控訴人が守山キャンパスにおいて授業を受ける権利を取得させるものであり,第三者に守山キャンパスでの就学権を付与させるものであるから,明確な第三者のためにする契約である。単なる反射的利益では決してない。

 なお,在学契約には消費者契約法が適用されるから,被控訴人が入学募集案内のために作成した冊子(甲1ないし3)によって被控訴人も控訴人も拘束され,控訴人には守山キャンパスで就学する権利がある。

 原判決は,守山市や滋賀県が被控訴人に補助金を交付した際に期待したことの内容には,被控訴人の学生が守山キャンパスで就学し,守山市内を中心として学生生活を送ることが含まれていたとはいえるが,それは,その自治体の振興やその住民の福祉の向上のための手段にすぎず,守山市や滋賀県が,その自治体外からも特段地域を限定せずに募集される個々の学生に,守山キャンパスで就学する具体的権利を付与することまでを意図し,それを内容とする第三者のためにする契約を締結する意思があったと解することは困難である旨説示している。

 しかし,守山市の補助金交付の主目的は,大学の校地・校舎を建設し,そこで学生を就学させることにあり,地方自治の発展や住民の利益を図ることは,その主目的の実現によってもたらされる2次的利益である。

 また,補助金交付によって私立学校を開設するとの内容の基本協定書(甲5)が,被控訴人が全国から学生を募集して守山キャンパスに就学させることを目的として締結されたことは明らかであり,その補助金交付の主目的が,地方自治体の振興であったのか,若しくは守山キャンパスの建設であったのかは,関係のないことである。むしろ,両月的は並列的である。

 さらに,私立大学である以上,地域の限定がないのは当たり前であり,それどころか,国籍の限定すらないのであるから,地域を限定していないことは,契約の成立を否定する理由にならない。

(2) 原判決は,第三者のためにする契約の成否を判断するにあたり,要約者たる守山市の意思しか斟酌していないが,諾約者である被控訴人の意思こそが重要である。

被控訴人は,守山市から補助金を受けて守山キャンパスの創設を約束したのであるから,基本協定書(甲5)によって,守山キャンパスを創り,そこで学生を就学させる意思があったことは明白である。また,被控訴人が負担した「学生を守山キャンパスで就学させる」という債務は,協定締結時に明確であった。

守山市は「補助金を交付して守山キャンパスを開設し,学生(控訴人)を就学させ,学生(控訴人)を通じて大学を核とした街づくりとして自治体の発展に繋げる」,被控訴人は「自治体の補助金を受けて守山キャンパスを開設し,学生(控訴人)を就学させ,補助金に見合うように学生(控訴人)を通じて地域に貢献する」という双方向の意思(利害)が合致して契約が成立したのである。それが第三者に権利を取得させる第三者のためにする契約であるかについて,原判決は「そうではない」というだけで,何の理由も示していない。

被控訴人が大学案内(甲1,3)に記載した内容や,被控訴人の学長の言葉にも,被控訴人と自治体が締結した契約が在学契約の内容となっていることが示されており,在学契約の内容には,被控訴人が,地域に開かれた大学として,守山市を中心に地域に貢献するという社会的責任を負うことが含まれているから,第三者のためにする契約であるといえる。

(3) 電信送金契約について,最高裁昭和43年12月5日第一小法廷判決は,第三者のためにする契約か否かを判断しているが,その判断を本件在学契約に引き比べれば,@「明示的な第三者たる送金受取人のためにする約旨の存否」については,被控訴人が締結した守山市及び滋賀県との協定書や交付要綱において,「入学してくる在学生のために守山キャンパスを建設し,就学機会を与える」との明文の約旨があり,A第三者のためにする契約でないとの否定説の根拠の第1の「仕向銀行と被仕向銀行との間の契約においては送金受取人に直接の請求権を与える意思がないこと」については,「入学志願者が被控訴人の実施する入学試験に合格し,被控訴人が控訴人に入学手続をさせること」によって就学させる意思は明白であり,B「送金受取人は撤回の可能性を残しておきたいこと」については,本件では,守山市,滋賀県,被控訴人が既に入学した控訴人の入学を断るという撤回の可能性を残すことはあり得ず,C第2の「組戻し」の取引慣行は民法538条の第三者の権利確定の規定と矛盾することについては,本件では「組戻し」類似の慣行がなく,矛盾はないから,従来の判例の判断基準に照らしても,本件を第三者のためにする契約であるとすることについては,何ら論理的な不合理性は見当たらない。

(4) 本件在学契約は第三者のためにする契約という形式における規範契約(規範設定契約)でもある。

 規範契約が個別契約の両当事者若しくはその団体の間で設定されないで,規範契約の一方の当事者が局外者と規範設定契約を締結する場合には,変形的な規範設定契約が存在することになる。この場合にも,一つの規範設定契約は存在するが,それは所謂第三者のためにする契約である。

また,第三者のためにする契約の成立が認められない場合でも,規範設定契約の成立は認められるべきである。

第3 当裁判所の判断

1 当裁判所も,原判決と同様,控訴人の前記確認請求に係る訴えは不適法であり,また,控訴人の前記履行請求は理由がないと判断するものである。

 その理由は,原判決「事実及び理由」欄第3「当裁判所の判断」の1及び2(原判決14頁12行目から24貢11行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

 ただし,原判決22貢12行目及び23頁22行目の各「第三者のためにする契約」の次に「ないし規範設定契約」をそれぞれ加える。

2 当審における控訴人の主張についての判断

 (1) 控訴人は,第三者に給付請求権を帰属させる通常の第三者のためにする契約(真正な第三者のためにする契約)と,第三者に権利を帰属させない第三者のためにする契約との区別については,要約者から諾約者への出捐の有無が判断基準であると解されるところ,本件においては,要約者である守山市が補助金を支出し,出捐をしていることからも,第三者のためにする契約の成立が認められるべきである旨主張する。

 しかしながら,守山市や滋賀県が,その自治体外からも特段地域を限定せずに募集される個々の学生に対して,守山キャンパスで就学する具体的権利を付与することまでを意図し,それを内容とする第三者のためにする契約を締結する意思があったと解することは困難であり,控訴人主張の第三者のためにする契約か締結されたと認めることはできないことは,原判決の説示するとおりである。

そして,一般に,補助金の交付は一定の行政目的を達成するための手段として行われるものであって,その際に結ばれる協定も,その目的を達成するための手段にすぎず,第三者に対して具体的権利を付与する旨の明示的な約 定なしに,そのような権利の付与までを意図しているものとはいえないこと,特に補助金交付の相手方が大学を経営する学校法人である場合には,大学の自治にも配慮する必要があることに照らしても,守山市や滋賀県において第三者のためにする契約を締結する意思を有していたと認めることはできない。

(2) 控訴人は,第三者のためにする契約の成否を判断するにあたり,諾約者である被控訴人の意思こそが重要であるところ,被控訴人は,守山市から補助金を受けて守山キャンパスの創設を約束したのであるから,基本協定書(甲5)によって,守山キャンパスを創り,そこで学生を就学させる意思があったことは明白である旨主張する。

 しかしながら,第三者のためにする契約が成立するためには,要約者と諾約者双方の意思の合致が必要であることはいうまでもないところ,前記補助金の交付にあたり,守山市や滋賀県において控訴人主張の第三者のためにする契約を締結する意思があったと認められないことは,前記のとおりであるし,また,同様の理由により,被控訴人についても,個々の学生に対して,守山キャンパスで就学する具体的権利を付与することまでを意図し,それを内容とする第三者のためにする契約を締結する意思があったとは認め難いというべきである。

(3) 控訴人は,電信送金契約についての最高裁昭和43年12月5日第一小法廷判決を引用した上で,従来の判例の判断基準に照らしても,本件を第三者のためにする契約であるとすることについては,何ら論理的な不合理性は見当たらない旨主張する。

 しかしながら,同最高裁判決(民集22巻13号2876貢参照)は,電信送金契約について,第三者のためにする契約の成立を否定したものであって,直ちに本件に当てはまるものではないし,また,本件の場合,補助金交付の際の当事者の合理的意思に照らしても,第三者のためにする契約を締結する意思があったとは認め難いことは,前記のとおりであるから,控訴人の上記主張も理由がない。

(4) 控訴人は,本件在学契約は第三者のためにする契約という形式における規範契約(規範設定契約)でもあり,また,第三者のためにする契約の成立が認められない場合でも,規範設定契約は認められるべきである旨主張する。

 しかしながら,控訴人主張の第三者のためにする契約が成立したとは認められないこと,補助金の交付にあたり,守山市や滋賀県においても,被控訴人においても,個々の学生に対して,守山キャンパスで就学する具体的権利を付与することまでを意図し,それを内容とする契約を締結する意思があったとは認められないことは,いずれも前記のとおりであるから,控訴人主張の規範契約(規範設定契約)の成立も認められないというべきである。

(5) なお,控訴人は,在学契約には消費者契約法が適用される旨の主張もするが,同主張も,本件において第三者のためにする契約が成立したとは認められないとする上記判断に何ら影響を及ぼすものではなく,控訴人のその余の主張及び当審提出の証拠(甲49ないし53)も,いずれも同判断を左右するものとはいえない。

3 以上によれば,原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

  大阪高等裁判所第5民事部

      裁判長裁判官  大  和  陽 一 郎

       裁判官  菊  池     徹

       裁判官  細  島  秀  勝