旭川大学嘱託専任講師地位保全仮処事件 旭川地裁(1978年12月26日)
仮処分申請事件
旭川地方昭和五三年(ヨ)第四九号
昭和五三年一二月二六日判決
債権者 ****
債務者 学校法人旭川大学

主   文

一 債権者の申請を却下する。
二 申請費用は、債権者の負担とする。

事   実

第一 当事者の求めた裁判
一 債権者の申立
1 債権者が債務者の教員たる地位を有することを仮に定める。
2 債務者は、債権者に対し、昭和五三年四月以降本案判決確定に至るまで、毎月二一日限り金一一万円を仮に支払え。
3 申請費用は、債務者の負担とする。
との判決を求める。
二 債務者の申立
 主文と同旨の判決を求める。
第二 当事者の主張
一 申請の理由
1 債権者は、債務者から、昭和五一年四月一日、嘱託期間同日以降昭和五三年三月三一日までとして、債務者の教員及び債務者経営の旭川大学の経済学部嘱託専任講師に任命された(以下「本件契約」という。)。
2 債務者は、本件契約は昭和五三年三月三一日限りで終了したとして、同年四月一日以降現在に至るまで、債権者が債務者の教員たる地位を有することを否定している。
3(一) しかし、期間を二年と定めた本件契約は、労働基準法第一四条に抵触し、一年を超える期間の定めは無効であるから、それ以後期間の定めのない雇用契約になつたというべきである。
(二) 仮に、右期間の定めが有効であるとしても、次のとおり、債権者には、期間終了後もなお引き続き雇用される合理的理由が存する。すなわち、
(1) 債権者は、昭和四九年四月一日、期間一年間の約定で、旭川大学の非常勤講師に就任したが、右非常勤講師の地位は、債権者が格別要望したのでもないのに、当然のように翌昭和五〇年四月一日更新された。
(2) 債権者が、昭和五一年四月一日、債務者の教員及び旭川大学経済学部嘱託専任講師に就任した際、****経済学部長は、債権者に対し、二年後には債権者を専任教員にせざるを得ない旨言明した。
(3) 債権者は、旭川大学学長****から、昭和五二年四月一日、同大学の付属研究機関である旭川大学地域研究所の研究員に任命されたが、その任期は二年間であるから、昭和五四年三月三一日まで研究員としての地位が存続するし、また、債権者は、研究テーマとして、「北海道の文化、社会的性格の研究ーその基礎的資料『戦後アイヌ史年表』の作成ー」を選び、債務者に対し、その研究には二年間を要する旨表明し、債務者もこれを了承していた。
(4) 債務者作成の昭和五三年度の「大学案内」には、経済学部第一部経済学科カリキユラムとして「人類学」及び「北海道経済史」、同貿易学科カリキユラムとして「人類学」及び「北方民族学」がそれぞれ掲げられ、その「経済学部教員一覧」中には「****、人類学、教養ゼミナール、基礎ゼミナール、日本経済史」、その「経済ゼミナール紹介、基礎演習1」中には「****ゼミナール『文化の差異を考える』」との各記載があり、昭和五三年三月二三日印刷、同年四月一日発行の同年度の「学生便覧」にも、学生の履習する科目として右と同様の記載があるが、旭川大学には、債権者以外に、右の科目を担当すべき者はいない。
(5) 債務者は、債権者に対し、昭和五三年三月四日ころ、同年度の私立学校教職員共済組合の組合員証を送付した。
(6) 従来、旭川大学経済学部教員で任期が昭和五三年三月三一日までとされていた嘱託専任講師は、債権者のほか、****、****、****、****の五名であるが、そのうち**を除く四名は、昭和五三年四月以降も継続して教育研究に当たる意思を表明していたところ、**、**及び**は、いずれもその地位が更新された。債権者のみが、右の三名と差別される合理的理由は全く存しない。
(7) 債権者は、(ア)昭和五一年度においては、「教養ゼミナール1」、「教養ゼミナール2」、「人類学」、「日本経済史(1部)」及び「日本経済史(2部)」の五講義について毎週五講義時間の講義を担当し、更に、昭和五二年度においては、右のうち「教養ゼミナール1」が、「基礎演習」と改称され、毎週二講義時間に増加されたので、毎週五講義について六講義時間講義を担当したが、右講義時間は、専任講師と比較しても、同等ないしそれ以上であること、(イ)昭和五一年度及び五二年度において、右の各講義のほか、教養ゼミ教員会議、地域研究所会議及び父兄懇談会に出席したし、また、高等学校卒業資格の検定試験の出題をしたこと、(ウ)昭和五二年度において、研究費として、専任講師と同額の金一二万円の支給を受けたこと、(エ)昭和五一年四月一日任命されたことに伴い、債務者から、文部省に対し、専任教員として報告されており、また、前記昭和五三年度「大学案内」において、専任講師と区別されることなく、「講師」として紹介されていること、以上によれば、債権者は、旭川大学において専任教員と同等の責務を負担しているものであり、かつ、債務者も、債権者を専任教員と同等に取り扱つてきたものである。
(8) 昭和五二年四月、学生の「教養ゼミナール2」の選択希望がとられた際、債権者のゼミナールを第一希望とした学生は、定員二〇名に対し七〇数名に達し、専任講師を含めた講師のゼミナール希望中、群を抜いて多く、第三希望まで含めると、約三分の二の学生が、債権者のゼミナールを希望していたこと、債権者が昭和五二年度に一年生の「基礎演習」を担当したところ、同クラスの学生全員が二年生になつてからも債権者のゼミナールに入ることを希望していたこと、及び、昭和五二年一二月ころ、約四〇〇名の学生が、債権者が更に専門ゼミナールを開講するよう申し入れをしたこと、これらのことからみられるとおり、債権者の継続雇用に対し、学内の期待が大きかつた。
4 債権者は、債務者から、昭和五二年度には、年俸金一八六万円の支給を受ける約定の下に、これから諸手当金五四万円を控除した残額について、毎月二一日限り金一一万円あて支払いを受けてきたところ、現在駒沢大学非常勤講師及び旭川市立郷土博物館の嘱託の仕事をしているが、これらによつて得られる収入は、諸経費を控除すると、合計金六万円弱であつて、従来債務者から支給される賃金にほとんど依存して生活してきたのであるから、これが停止されれば、生活に重大な危機が及び、本案判決を待つていては、回復し難い損害を被るおそれがある。
5 よつて、債権者は、債権者が債務者の教員たる地位を有することを仮に定め、かつ、債務者が債権者に対し、昭和五三年四月以降本案判決確定に至るまで毎月二一日限り給与金一一万円を仮に支払うことを求める。
一 債務者の答弁
1 申請の理由1及び2の項の事実は認める。
2(一) 同3の(一)の項は争う。
 本件契約の期間の定めは、次の理由により有効である。すなわち、
(1) 本件契約において、債権者の義務は、旭川大学に一週に二日間(年間通じて約六〇日間)出講し、特定の講義を行うことに尽きるものであつて、その余の時間は、債務者の指揮命令から一切解放され、何ら拘束を受けないもので、いわゆる使用従属関係にないのであるから、本件契約は、実質的には委任に近い類型の契約であり、労働基準法の適用を受けないものである。
(2) 仮に、本件契約が労働契約に該当するとしても、本件契約は、旭川大学において日本経済史の領域を担当する専任教員が得られるまでの期間、二年間を予定して、暫定的、一時的に、債権者が日本経済史の講義を担当することを主たる目的として締結されたもので、一定の事業の完了に必要な期間を定めたものに該当する。
(二) 同3の(二)の項は争う。債権者には、期間満了後もなお引き続き雇用される合理的理由はない。債権者の主張事実に対する認否は、次のとおりである。すなわち、
(1) 同3の(二)の(1)の項の事実のうち、債権者が、昭和四九年四月一日、期間一年間の約定で、旭川大学の非常勤講師に就任し、右非常勤講師の地位が、昭和五〇年四月一日更新されたことは認めるが、その余の事実は否認する。
(2) 同3の(二)の(2)の項の事実は否認する。
(3) 同3の(二)の(3)の項の事実のうち、債権者が、旭川大学学長****から、昭和五二年四月一日、同大学の付属研究機関である旭川大学地域研究所の研究員に任命され、その主張のとおりの研究テーマを選んだことは認めるが、その余の事実は否認する。教員である研究員の任期は、特に定められておらず、教員の身分の存在を前提として、その身分の存する限りその地位にあるものである。
(4) 同3の(二)の(4)の項の事実のうち、債務者作成の昭和五三年度の「大学案内」及び「学生便覧」に債権者の主張のとおりの記載があることは認めるが、その余の事実は否認する。
(5) 同3の(二)の(5)の項の事実は認める。債権者の組合員証の有効期限は、昭和五三年二月二八日までであつたので、同年三月三一日までの間の共済組合員としての資格証明のため、新組合員証を送付したものである。
(6) 同3の(二)の(6)の項の事実のうち、債権者と****が債権者主張の日に任期満了となる嘱託専任教員であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。**及び**は、委嘱専任教員(任期一年)、**は、専任教員(任期の定めなし)である。
(7) 同3の(二)の(7)の項の事実のうち、債権者が、昭和五一年度及び五二年度において、その主張のとおりの講義を、主張のとおりの時間担当したこと、そのほか、主張のとおりの会議及び父兄懇談会に出席し、また、主張の検定試験の出題をしたこと、昭和五二年度において、専任講師と同額の金一二万円の研究費の支給を受けたこと、昭和五一年四月一日任命されたことに伴い、債務者から、文部省に対し、専任教員として報告されており、また、昭和五三年度「大学案内」において、専任講師と区別されることなく、「講師」として紹介されていること、以上の事実は認めるが、その余は争う。
 嘱託専任教員は、教授会及び大学運営に関する各種委員会等の構成員ではなく、右についての責務から解放されており、債権者主張の会議は、右と異なるもので、年一回ないし二回開催されるに過ぎないものであり、専任教員の会議出席の比ではない。また、教員に対する研究費は、教学向上のため、地位のいかんにかかわらず必要なものであるところ、財政上の理由により専任、嘱託の区別を設けるに足りるだけの金額ではないため、結果として同額の支出を認めているに過ぎない。
(8) 同3の(二)の(8)の項の事実のうち、昭和五二年四月、学生の「教養ゼミナール2」の選択希望がとられた際、債権者のゼミナールを第一希望とした学生が、定員二〇名に対し七〇数名に達し、専任講師を含めた講師のゼミナール希望中、群を抜いて多く、第三希望まで含めると、約三分の二の学生が、債権者のゼミナールを希望していたことは認めるが、昭和五二年度債権者担当の一年生の「基礎演習」のクラスの学生全員が二年生になつても債権者のゼミナールに入ることを希望していたことは知らないし、その余は争う。昭和五二年一二月ころ、学生から、人類学及び文学の専門ゼミナールの開講について、署名付要望書が提出されたことがあるが、署名者は二八六名で、そのうち八三名は、無関係な旭川大学女子短期大学部の学生であつた。
3 同4の項の事実のうち、債権者が、債務者から、昭和五二年度に、債権者主張の額の年俸を、その主張のような方法で支払いを受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。
 債権者は、旭川市立郷土博物館の嘱託として勤務し、毎月金一一万円の支払を受けているほか、駒沢大学の講師や奥尻町教育委員会の嘱託として稼働して収入を得ており、更に、自己、亡祖父****及び亡父****の多数の著書による印税収入をも得ている。
三 債務者の主張
1 仮に、本件契約が、労働基準法第一四条に抵触し、一年経過後期間の定めのないものになつたとしても、
(一) 旭川大学の教授会は、昭和五三年三月二日、債権者の同大学経済学部嘱託専任講師の地位は、同月三一日をもつて期間満了し、これを更新しない旨決定し、同大学学長****は、債権者に対し、同月六日、右決定を告知した。
(二) 右の事実は、債務者が債権者に対し、本件契約を終了させる旨、すなわち、解雇の意思表示を通知したことを意味するから、右決定が告知された日の翌日から起算して三〇日を経過した同年四月六日に解雇の効力が生じた。
2 仮に、本件契約の期間の定めが有効であるにもかかわらず、債権者に期間満了後もなお引続き雇用される合理的事由が存在するとしても、前項のとおり、債務者は、債権者に対し、期間満了前更新拒絶の意思表示をした。
四 債権者の答弁
1(一) 債務者の主張1の(一)の項の事実は認める。
(二) 同1の(二)の項は争う。債権者の任命者は、債務者の理事長であるから、解雇する旨の意思表示も、理事長がこれをしなければならないところ、債務者主張の意思表示は、旭川大学学長****がしたものであり、無効である。
 また、右意思表示は、債権者を昭和五三年三月三一日限りで解雇しようとするもので、労働基準法第二〇条所定の予告期間をおかないものであるから、無効である。債務者は、同年四月六日をもつて解雇の効力が生じた旨主張するが、既に違法な予告期間をもつて解雇の意思表示がされた以上、勝手にその期間を伸長することは許されない。
2 同2の項は争う。
五 債権者の主張
 債務者の更新拒絶又は解雇の意思表示は、申請の理由3の(二)の(1)ないし(8)の項記載の事情があるほか、次のとおり手続的にも適正でないので、信義則違反あるいは権利の濫用として無効である。すなわち、
1 債権者に対する更新拒絶又は解雇を実質的に決めたとされる教授会の人事検討委員会なるものは、債権者の就業規則及び旭川大学学則にも明文化されていない任意の集合体であつて、更新拒絶若しくは解雇を検討し、又は決定する権限を有しないし、また、明確な内規もなく、更新拒絶又は解雇を決める基準も不明で、全く恣意的に運用されているものであつて、債権者についての結論を出すについても、当事者たる債権者に何らの弁明を聞くこともしなかつた。
2 債権者に対する更新拒絶若しくは解雇を決定した教授会も、更新拒絶若しくは解雇についての基準を定める内規を有せず、恣意的に運用され、債権者の弁明を聞くこともしなかつた。
3 債務者の就業規則第七七条には、職員(教員を含む。)は人事の苦情につき理事長に異議申立てをすることができる旨定められ、同第七八条には、これに対する理事長の裁定義務が定められている。そこで、債権者は、債務者の理事長に対し、昭和五三年三月一五日、同月二一日の二回にわたつて更新拒絶に対する疑義を表明し、異議の申立てを行つたが、債務者の理事長は、右異議の申立てに対し全く裁定を下していない。
六 債務者の答弁
 債権者の信義則違反、権利濫用の主張は争う。債務者の債権者に対する更新拒絶又は解雇の意思表示は、次の理由によるものであり、信義則に違反するものではないし、権利の濫用にわたるものでもない。すなわち、
1 本件契約は、昭和五一年開講の日本経済史について、担当教員が得られなかつたため、債権者にとつて専門領域外ではあつたが、経済史領域を専攻する専任教員が採用されるまでの間、暫定的、臨時的措置として、債権者がこれを担当することを主たる目的として締結されたものである。ところで、昭和五三年四月一日以降は、公募により日本経済史専攻の専任教員を採用することができたため、右目的が消滅した。
2 旭川大学においては、学則に準拠し、年度ごとに、開講科目を具体的に検討、決定してきたものであるが、昭和五三年度において学生総数の増加に伴い、経済学科の三、四年合併授業の解消、専門演習の増加(一九から三三に)、体育実技の通年レギユラー化によるコマ数の増加により、必然的に一般教養科目の消減を余儀なくされ、債権者が昭和四九年以来担当してきた人類学は、学則上、具体的開講科目ではなく(自然科学特論の一つであるに過ぎない。)、経済学部としての重要性が他の科目に比較して低いため、昭和五三年度は同科目を不開講とした。
第三 証拠関係(省略)

理   由

一 債権者が、債務者から、昭和五一年四月一日、嘱託期間同日以降昭和五三年三月三一日までとして、債務者教員及び債務者経営の旭川大学の経済学部嘱託専任講師に任命されたこと、債務者が、本件契約は昭和五三年三月三一日限りで終了したとして、同年四月一日以降現在に至るまで、債権者が債務者の教員たる地位を有することを否定していることは、当事者間に争いがない。
二 債権者は、期間を二年と定めた本件契約は、労働基準法第一四条に抵触し、一年を超える期間の定めは無効であるから、それ以後期間の定めのない雇用契約になつた旨主張するので、先ず、この点について検討する。
 債務者が、労働基準法第八条第一二号所定の教育及び研究の事業を行う者であることは明らかであるところ、成立に争いのない疎乙第六号証の一、二、証人****及び同****の各証言並びに債権者本人尋問の結果によれば、債権者は、毎週、債務者から定められた日に、定められた時間講義を担当してきたものであること及び出勤簿への捺印等も義務付けられていたことが認められ、右事実によれば、少なくとも、債権者は、講義の時間等債務者の義務を遂行している間、その指揮監督下に置かれており、したがつて、債務者に使用されていたものというべく、また、債権者が債務者から賃金の支払を受けていたことは、後記のとおり当事者間に争いがないから、債権者が、同法第九条にいう労働者に該当することは明らかである。したがつて、本件契約は、同法第二章に定める労働契約というべきである。
 ところで、一年を超える期間を定めた労働契約は、労働基準法第一四条、第一三条により、一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほかは、期間が一年に短縮されるが、その期間満了後労働者が引き続き労務に従事し、使用者がこれを知りながら異議を述べないときは、民法第六二九条第一項により、黙示の更新がされ、以後期間の定めのない契約として継続されるものと解すべきである。
 そこで、右説示に照らして審按するに、債務者は、本件契約は日本経済史の領域を担当する専任教員が得られるまでの期間、二年間を予定して、暫定的、一時的に、債権者が日本経済史の講義を担当することを目的として締結されたもので、一定の事業の完了に必要な期間を定めたものに該当する旨主張するが、日本経済史の講義が二年間で完了する事業といえないことは明らかであるから、右主張は、それ自体失当であるし、仮に専任教員が採用されるまでの間暫定的に雇用されたものであるとしても、それは、臨時的な雇用であることを意味するに止まり、一定の事業の完了に必要な期間を定めるものでないことはいうまでもないから、本件契約の期間は、一年に短縮されたものというべきである。そして、債権者が、本件契約締結後一年間を経過した昭和五二年四月一日以降も引き続き債務者の教員及び旭川大学経済学部嘱託専任講師としてその労務に従事し、債務者が、これを知りながら異議を述べなかつたことは、当事者の各主張に照らし、当事者間に争いのないものと認められるから、本件契約は、前同日以降、期間の定めのないものとして更新されたものというべきである。
 したがつて、債権者の右主張は、理由がある。
三 そこで、次に債務者の解雇の主張について判断する。
1 旭川大学の教授会が、昭和五三年三月二日、債権者の同大学経済学部嘱託専任講師の地位は、同月三一日をもつて期間満了し、これを更新しない旨決定し、同大学学長****が、債権者に対し、同月六日、右決定を告知したことは、当事者間に争いがない。右争いがない事実によれば、右決定は、要するに、昭和五三年四月一日以降は、債権者の雇用を継続しないというものであると認められるから、これを解雇の意思表示と解するに妨げはなく、債権者に対し、同年三月六日、解雇の意思表示がされたものというべきである。
2 債権者は、債権者の任命者は債務者の理事長であるから、解雇する旨の意思表示も、理事長がこれをしなければならないところ、右意思表示は、旭川大学学長****がしたものであり無効である旨主張する。ところで、成立に争いのない疎甲第一号証、第二三号証及び第三四号証によれば、旭川大学における教育職員の任免については、理事長が、教授会の意見を聞いて決定することとされており、現に、債権者を債務者の教員及び旭川大学経済学部嘱託専任講師に任命した辞令書も、理事長名で作成されていることが認められる。しかし、成立に争いのない疎乙第二四号証の一、二、証人八重樫励、同****及び同****の各証言によれば、従来から旭川大学においては、教育職員の任免についての実質的な決定権は、いわゆる大学の自治の要請から、教授会が有し、債務者の理事長は、教授会の決定を尊重するという慣行があり、債務者の理事長が教授会の決定を覆えした例は、これまでに一度もなかつたこと、また、教授会は、債権者との契約を更新しない旨決定した後、直ちに債務者理事長に対し、その旨上申し、同理事長は、そのころ、これを承認したことが認められ、右事実に徴すれば、債権者に対して更新拒絶の通知をした時点までには、債務者(形式的には、その理事長)としての意思は確定していたというべく、したがつて、前記学長による告知は、これを債権者に伝達したものにほかならず、伝達者が、任免の権限を有する理事長ではなく学長であつたという一事のみから直ちに解雇の意思表示としての効力が左右されるものでないことは明らかである。よつて、債権者の右主張は、理由がない。
3 また、債権者は、右意思表示は、債権者を昭和五三年三月三一日限りで解雇しようとするもので、労働基準法第二〇条所定の予告期間をおかないものであるから、無効であると主張する。しかし、使用者が同条所定の予告期間をおかず労働者に解雇の通知をした場合、その通知は、即時解雇としての効力は生じないが、使用者が即時解雇を固執する趣旨でない限り、通知後同条所定の三〇日の期間を経過したときに解雇の効力を生ずるものと解すべきところ(最高裁判所昭和三五年三月一一日判決、民集一四巻三号四〇三頁参照)、本件において、債務者が債権者を昭和五三年三月三一日限りで解雇することに固執する趣旨であつたとは到底認められないから、右の理由のみで解雇の意思表示が無効であるということはできない。債権者の右主張もまた失当である。
4 右のとおりであるから、右判断の限度においては、債務者は、債権者に対し、昭和五三年三月六日、債権者を解雇するとの意思表示を有効にしたものというべきである。
四 そこで進んで、債権者は、本件解雇は信義則違反又は権利の濫用であつて無効である旨主張するので、この点について検討する。
1 次の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
(一) 債権者は、昭和四九年四月一日、期間一年間の約定で、旭川大学の非常勤講師に就任し、右非常勤講師の地位は、昭和五〇年四月一日更新された。
(二) 債権者は、旭川大学学長****から、昭和五二年四月一日、同大学の付属研究機関である旭川大学地域研究所の研究員に任命され、その研究テーマとして、「北海道の文化、社会的性格の研究ーその基礎的資料『戦後アイヌ史年表』の作成ー」を選んだ。
(三) 債務者作成の昭和五三年度の「大学案内」には、経済学部第一部経済学科カリキュラムとして「人類学」及び「北海道経済史」、同貿易学科カリキュラムとして「人類学」及び「地方民族学」がそれぞれ掲げられ、その「経済学部教員一覧」中には「****、人類学、教養ゼミナール、基礎ゼミナール、日本経済史」、その「経済ゼミナール紹介、基礎演習1」中には「****ゼミナール『文化の差異を考える』」との各記載があり、昭和五三年三月一三日印刷、同年四月一日発行の昭和五三年度の「学生便覧」にも、学生の履習する科目として右と同様の記載がある。
(四) 債務者は、債権者に対し、昭和五三年三月四日ころ、同年度の私立学校教職員共済組合の組合員証を送付した。
(五)(1) 債権者は、昭和五一年度においては、「教養ゼミナール1」、「教養ゼミナール2」、「人類学」、「日本経済史(1部)」及び「日本経済史(2部)」の五講義について毎週五講義時間の講義を担当し、更に、昭和五二年度においては、右のうち「教養ゼミナール1」が、「基礎演習」と改称され、毎週二講義時間に増加されたので、毎週五講義について六講義時間講義を担当した。
(2) 債権者は、昭和五一年度及び五二年度において、右の各講義のほか、教養ゼミ教員会議、地域研究所会議及び父兄懇談会に出席し、また、高等学校卒業資格の検定試験の出題をした。
(3) 債権者は、昭和五二年度において、研究費として、専任講師と同額の金一二万円の支給を受けた。
(4) 債権者は、昭和五一年四月一日任命されたことに伴い、債務者から、文部省に対し、専任教員として報告されており、また、昭和五三年度の「大学案内」において、専任講師と区別されることなく、「講師」として紹介されている。
2 成立に争いのない疎甲第二四号証、第二七号証、疎乙第三号証の一ないし四、第一八号証の一、二、第一九号証、第五〇号証、証人****の証言により真正に成立したことの疎明がある疎乙第一号証、第四号証、証人****の証言により真正に成立したことの疎明がある疎乙第三五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したことの疎明がある疎乙第四三ないし第四五号証、証人八重樫励、同****、同****及び同****の各証言並びに債権者本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く。)によれば、
(一) 旭川大学は、昭和四三年に設立されたが(設立当初は、北日本学院大学と称していた。)、地理的条件等により、地元では専任教員を採用することが困難であつたため、全国から比較的著明な教授を兼任の形で招へいし、平常の講義は、少数の北海道内在住の専任教員と非常勤講師等が行い、道外在住の専任教員は、臨時に集中講義を行うという変則的な形で推移していたところ、昭和四六年ころ債務者の財政状態が著しく悪化し、昭和四七年以降旭川市又はその近辺に在住して日常的に教学に携わることができる者を専任教員とし、それができない者については、一部客員教員としてとどめたほか、退職してもらつた。なお、昭和四九年四月から、旭川大学経済学部に貿易学科が新設されたが、その際、文部省の設置基準を満たすに足る教員を専任教員のみで充足することが、人材的にも、財政的にも困難であつたため、いわば名義借り的な専任教員として、委嘱専任教員制度を設け、他大学の教授に右委嘱専任教員を兼任してもらう形をとつた。
(二) 債務者は、更に、教学の充実強化を図るため、昭和五〇年度以降、専任教員については、全国の大学、大学院にこれを公募し応募した者の中からのみ採用するという方式を確立し、以後現在に至るまで、専任教員は例外なく公募によつて採用されている。
(三) 旭川大学は、昭和五一年度から、貿易学科にロシア語の外国人教員として、申請外****を招くこととなつたが、専任教員とすることは諸般の事情から不可能であり、かといつて非常勤講師では本人の承諾が得られないということがあり、また他方、北海道大学名誉教授である申請外****に講義を担当してもらうという話があつたものの、これも諸般の事情から専任教員とすることは不可能であつたことから、専任教員と委嘱専任教員との中間的なものとして、嘱託専任教員の制度を設けることを決定し、申請外****を嘱託専任教授に、同****を嘱託専任講師に任命した。なお、嘱託専任教員の専任教員と異なる点は、嘱託専任教員は、講義をする責務のみを負い、教授会及びその下部組織たる各種委員会の構成員ではなく、それらの運営の責務を負わないものとされ、委嘱期間は二年間(専任教員は、期間の定めがない。)と定められ、他大学において講義をするについても、大学の承認を要しないとされていることである。
(四) 債権者は、旭川大学の昭和五一年度の専任教員の公募に応募したが、同大学では、先ず、専門科目である経済学の分野を優先して教員の充実を図る必要があつたため、人類学を専攻する債権者は、不採用となつた。
(五) 旭川大学において、昭和四九年度及び五〇年度に日本経済史を非常勤講師として担当し、昭和五一年度も引き続き担当することが予定されていた申請外****が、昭和五一年二月ころになつて、急に担当できなくなり、債務者は、他に日本経済史を担当する適当な人を探したけれども見当たらなかつたため、債権者にとつては、専門領域ではないが、臨時的に債権者に日本経済史を担当してもらうべく、旭川大学経済学部長申請外****において債権者と折衝した結果、債権者の承諾を得たが、その際、債権者の身分については、専門領域でない学科を担当することになり、その講義に要する準備等を考えると、従前のように期間一年間の非常勤講師ということでは、債権者にとつて酷であるので、期間が二年間で給与条件もよい嘱託専任講師とすることとし、その旨債権者の了解を得た。
(六) 旭川大学において、日本経済史を基礎知識として必要とする他の専門科目を担当する教員の中から、債権者の日本経済史は、近代、明治以降の日本の経済史をほとんど取り扱つていないので、自分の担当する科目を教えるうえで不都合であるという意見が出たことなどから、債務者は、昭和五三年度専任教員新規採用者の公募に当たつて、経済史領域の人を公募することとなり、応募してきた申請****を日本経済史担当の専任講師として採用した。なお、昭和五二年一二月ころ、****学部長は、債権者に対し、日本経済史を担当する人を公募し、適当な人があれば、債権者が日本経済史の担当から外れる旨話した。
(七) 昭和五二年度の学則改正の際、基本的な科目については、そのまま科目名を出し、その他は「特論」という形で行うこととなつたので、同年度においては、人類学は、学則上、自然科学特論の一として開講されることとなつた。ところで、旭川大学教授会は、昭和五三年度の開講科目について、学生数が増加した結果、三、四年生の合併授業を少なくするため、講義の数が増加すること、専門ゼミナールの数も一九から三〇に増えること、体育実技の講義の数が増えることなどから、時間的にも、教室の関係でもカリキュラムの編成が窮屈となり、一般教養科目の削減を余儀なくされ、結局、人類学は開講しないことに決定した。
(八) 債務者としては、教学の充実強化の観点から、公募によつて選任し、教授会の運営について責務を有する専任教員のみによる講義の実施を理想としており、特に、ゼミナールの担当はこれを原則とする態勢をとるべく、現在、嘱託専任教員制度の存置そのものの当否について再検討をしているところであり、現に、債権者と同時に任命された申請外****(嘱託専任教授)は、昭和五三年三月三一日限り、同****(同講師)は、昭和五二年一二月三一日限りそれぞれその職を辞し、昭和五三年度において嘱託専任教員(講師)の地位にあるのは、申請外****(昭和五二年四月一日採用)の一名である。
 以上の事実が認められ、証人****の証言及び債権者本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、その余の前掲疎明資料に照らして措信することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
3 以上争いのない事実及び認定の事実によれば、債権者において、昭和五三年度以降も引き続き嘱託専任講師としての地位を保有し得るものと期待したであろうことは否定できないが、一方、嘱託専任教員制度自体、いわば臨時的な雇用体制であつて、嘱託専任教員は、本来的意味の専任教員とは異なるものであることはもとより、専任教員となるためには公募による採用以外に途はなく、嘱託専任教員からこれに昇格するということは予定されておらず、その期間二年の定めにしても、前記のとおり、そのまま効力を有するとはいえないものの、債権者もこれを了解したうえで嘱託専任講師に就任したものであり、債権者が嘱託専任教員に任じられた主な理由も、日本経済史を担当する専任教員が昭和五三年度において新たに採用されたことによつて失われており、更に、各年度ごとの開講科目を何にするかは、本来大学の裁量にゆだねられるべき事項であると解せられるところ、旭川大学においては、昭和五三年度において、債権者が専門領域とする人類学を開講しないことに決定したものであり、これら事実を総合すると、債務者が、債権者を解雇したことには、一応合理的な理由があるものというべく、未だこれをもつて信義則違反又は権利の濫用であるとは断じ得ず、他にこれを肯認するに足りる資料はない。
4 なお、債権者は、債権者の解雇を決定したのは、債務者の就業規則及び旭川大学学則にもその根拠がない人事検討委員会であり、同委員会においても、教授会においても債権者の弁明を聞かなかつたこと、債権者は、本件解雇について、債務者の就業規則第七七条、第七八条に基づき理事長に異議を申立てたにもかかわらず、理事長は何ら裁定を下していないことなど、手続的にも適正を欠くから、本件解雇は無効である旨主張する。しかしながら、成立に争いのない疎乙第二一号証及び証人****の証言によれば、旭川大学において、人事検討委員会は、教授会の下部組織として、教員、教授会関係の人事に関する基本方針を作成して教授会に提出する機能を有することが、慣行上承認されていることが認められるから、同委員会が債権者の解雇について検討したことは、何らとがめるべきことではないことはもとより、教員を解雇する場合、本人の弁明を聞くことは、これを不適当とする特段の事情がない限り、望ましい手続であるとはいえても、旭川大学においてこれを履践すべき旨を定めた規定が存することの疎明はないから、これを履践しなかつたことをもつて直ちに解雇が違法又は著しく不適正であるとはいえず、また、解雇の通知後債権者からの異議申立てに対し、理事長が回答しなかつたからといつて、既に行われた解雇の効力が左右される筋合のものでもない。
5 よつて、債権者の信義則違反又は権利濫用の主張は、理由がない。
五 以上のとおりであるから、債権者は、昭和五三年四月六日までは債務者の教員たる地位を有したが、その後はその地位を有しないというべきである。
 ところで、債権者が、昭和五二年度において、債務者から、給与として毎月二一日限り金一一万円の支払を受けていたことは当事者間に争いがないところ、債務者が債権者に対し、昭和五三年四月一日から六日までの給与金二万二、〇〇〇円(金一一万円を一か月の日数三〇で除したものに六を乗じた金額)を支払つたことの主張及び疎明がないから、債権者は、その支払を求める権利を有するものというべきである。しかし、債権者は、債務者以外の勤務先から月額金六万円弱の収入を得ていることを自陳するところであるから、今の段階で、債務者に対し、右金二万二、〇〇〇円の仮払を命じるまでの必要性が存するとは認められない。よつて、債権者の本件申請は、いずれも理由がないことに帰するので、これを却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 清永利亮 萩尾保繁 広永伸行)