仮処分異議申立事件、鹿児島地裁判決(2004年3月31日付)

プライバシー保護のため,採用候補者,その他の実名を○○とした部分がある。

 

平成14年(モ)第1538号 地位保全等仮処分異議申立事件

決       定

鹿児島市(以下略)
債    権    者     田 尻  利
鹿児島市(以下略)
同                馬 頭 忠 治
鹿児島市(以下略)
同                 八 尾 信 光
上記3名代理人弁護士   増 田  博       
同                 小 堀 清 直      
同                 森  雅 美
鹿児島市城西三丁目8番9号
債    務    者       学校法人津曲学園
同 代 表 者 理 事   津 曲 貞 春
同 代 理 人 弁 護 士    金井塚  修
同                金井塚 康弘

主       文

1 上記当事者間の鹿児島地方裁判所平成14年(ヨ)第84号仮処分命令申立事件について,同裁判所が平成14年9月30日にした仮処分決定を認可する。
2 訴訟費用は債務者の負担とする。

理      由

第1 申立

1 上記当事者間の鹿児島地方裁判所平成14年(ヨ)第84号仮処分命令申立事件について,同裁判所が平成14年9月30日にした仮処分決定を 取り消す。
2 債権者の上記仮処分命令申立てを却下する。

第2 事案の概要

 本件は,債務者が設置した大学の教授である債権者らに対し,教員の採用人事に関連して不適切な議事運営を行った,あるいは,大学院及び新学部の設置を妨害するような行為を行ったことが懲戒事由に該当するとして,懲戒解雇したのに対し,債権者らが解雇は無効であるとして債務者に対し,教授としての地位保全,賃金仮払い及び研究室の使用妨害禁止を求めて仮処分命令を申し立てたところ,これが認容され,債務者が保全異議を申し立てた事案である。

1 争いのない事実及び疎明資料により認められる事実

(1) 当事者
債務者は,鹿児島国際大学(旧名称は鹿児島経済大学,以下「本件大学」という)のほか,短期大学,高等学校,中学校及び幼稚園を設置する学校法人である。
(ア) 債権者田尻利(以下「債権者田尻」という)は,昭和45年に本件大学経済学部講師として採用され,昭和55年に同学部助教授,平成元年に同学部教授となり,平成2年4月から平成6年3月まで同学部長に就いていた。(甲19の(2))
(イ) 債権者馬頭忠治(以下「債権者馬頭」という)は,昭和58年に本件大学経済学部講師として採用され,昭和63年に同学部助教授,平成6年に同学部教授となり,平成12年4月から平成14年3月まで同学部経営学科長に就いていた。(甲20の(2))
(ウ) 債権者八尾信光(以下「債権者八尾」という)は,昭和58年に本件大学経済学部助教授として採用され,平成2年に同学部教授となり,平成9年4月から平成12年3月まで同学部長に就いていた。
(甲21の(3))
(2) 大学改革事業の経過
 平成6年4月に就任した平田清明学長(以下「平田学長」という)は,大学審議会の答申に基づき,改革構想案を発表した。平成8年4月に着任した菱山泉学長(以下「菱山学長」という)は,平田学長の改革構想案に基づき,大学院設置と新学部開設に向けての準備に着手し,理事会のもとに開設準備委員会を設置することに決定した。
(ア) 平成8年10月19日,第1回鹿児島経済大学大学院開設準備委員会(以下「大学院開設準備委員会」という)が開催され,平成10年12月5日まで合計10回開催された。
(イ) 債権者八尾は,平成9年4月の経済学部長就任に伴い,第3回以降大学院開設準備委員会の委員となり,第5回及び第6回の同委員会において財政問題を持出した。(乙57の(1),(2))
(ア) 平成8年11月30日,第1回鹿児島経済大学新学部開設準備委員会(以下「新学部開設準備委員会」という)が開催され,平成11年12月18日まで合計11回開催された。
(イ) 債権者八尾は,経済学部長就任に伴い,第3回以降,新学部開設準備委員会の委員となった。
(ウ) 債権者八尾は,第3回ないし第5回新学部開設準備委員会で財政問題を持ちだし、第5回の同委員会では第4回の議事録の確認の際に,第4回で行われた議論を蒸し返したが,議長である菱山学長が議論をうち切り,次の話題に移った。(乙57の(3)ないし(5))
  (エ) 平成10年3月14日に開催された第8回新学部開設準備委員会で,債権者八尾は,財政問題にかかわる質疑を提起したが,他の委員らから理事会の検討事項である旨の指摘を受けた。(乙57の(6))
(オ) 第9回新学部開設準備委員会では,議長が財政問題を議題に掲げ たため,財政問題について議論がなされた。(乙57の(7))
(カ) 第10回新学部開設準備委員会において,財政問題について債権者八尾と本件大学事務局長,本部事務局長及びその他の委員らと激しい論争が行われた。(乙57の(8))
(ア) 理事会で決定された新学部の設置に伴い,新たに国際文化学部を学則に加えるため,学則変更の必要が生じたところ,規定上,学則の改正は教授会の協議事項とされていたことから,平成10年7月15日に開催された第6回教授会において協議された(以下「本件学則改正案」という)。
(イ) 同教授会においては,一部の教員から,このような理事会決定事項について投票による採決は適切ではないと指摘がなされたものの,投票が実施され,賛成18票,反対10票,白票8票となった。議事録には,「以上の結果,賛成数が投票総数の過半数に達しなかったため,学則改正(案)は承認されなかった。」と記載された。
(ア) 平成9年7月,鹿児島経済大学大学院基本構想が発表され,平成10年6月25日に文部省に申請書類が提出され,同年12月22日に文部省から認可の通達があり,平成11年4月1日から修士課程が発足した。(乙53,54)
(イ) 平成10年9月25日に文部省に対する新学部の第1次設置申請がなされ,平成11年6月24日に第2次設置申請がなされ,同年12月22日文部省から新学部(国際文化学部)の設置認可の通達があり,平成12年4月1日から国際文化学部が発足した。
(ア) 債権者八尾は,平成9年6月ころから平成13年6月ころまで,菱山学長に対し,財政問題に関して「学長は経営問題を無視しており,学園理事のひとりとして無責任である」,「先生は,この機会に御自身の判断で進んで勇退を決意された方がよいのではないかと思われます」などと菱山学長の方針を批判する内容を記載した書簡を合計41通送付した。(乙58の(1)ないし(41))
(イ) また,評議委員会の評議員らに対し,平成12年4月17日付けで,菱山学長に対して送付したのと同様,菱山学長の方針を批判し,自分の意見の正当性を訴える趣旨の文書を送付した。(乙59の(1)ないし(6),74)
(3) 教員選考
 本件大学経済学部では,同学部経営学科の人事管理論及び労使関係論を担当していた助教授が札幌学院大学に転出したことに伴い,後任を公募で採用することになり(以下「本件採用人事」という),平成11年7月31日付けで公募文書を関係機関に発送した。(乙3)
本件大学では,教員選考を行う際は教授会が教員選考委員会を設置することとなっていたため,平成11年10月20日,経済学部教授会(以下単に「教授会」という)で本件採用人事について教員選考委員会(以下「選考委員会」という)が設置され,同委員会の専門委員として,経営学科から原口俊道教授(以下「原口教授」という)及び債権者馬頭が選出され,経済学科からは債権者田尻,経営学科からは○○○○助教授,一般教育からは○○○○教授(以下「○○教授」という)が選出された。
 平成11年11月2日,第1回選考委員会が開催され,委員長には債権者田尻が,主査には原口教授が,副査には債権者馬頭がそれぞれ互選された後,応募者10名の中から候補者が5名に絞り込まれた。
 平成11年11月26日の第2回選考委員会で候補者が5名から4名に絞られた。
 平成11年12月17日の第3回選考委員会で候補者が4名から3名に絞られた。さらに,業績について,残った3名の中では○○○○ (以下「○○候補」という)が抜きん出ていることで委員の意見は一致したが,主査である原口教授から人事管理論に関して科目不適合であるとの意見が出されたため,次回の選考委員会で○○候補の面接を実施することに決定した。(甲26,27,乙18の(3)ないし(11)25の(1)ないし(4))
 平成12年1月8日,第4回選考委員会が開催され,○○委員に代わって○○○○教授が委員となった。
○○候補の面接が実施され,主査である原口教授が科目適合性について質問したところ,○○候補から担当科目の分野を直接扱った論文はないが,基礎は同じであり,関連科目であるため,両科目とも担当が可能であるとの回答がなされた。○○候補が退席した後,特に意見もでなかったことから,投票を行うことになり,投票を実施したところ,賛成4票,反対1票であった。主査である原口教授が,自分が反対票を投じたと表明すると,他の委員らは原口教授に対して反対票を投じたことを非難した。原口教授は,科目適合性が認められないと反論した。
 委員長である債権者田尻は,主査が反対では教授会に提案しても,賛成を得ることは難しいとの見通しを述べたが,研究業績で○○候補に匹敵する候補者がいなかったことから,原口教授を除く他の委員らは,意見を一本化するため,委員会を継続し,業績評価の対象となる論文を追加して候補者の科目適合性について更に審査を続けることに決定し,債権者田尻は,決定を受けて審査の対象とすべき業績として新たに7本の論文を選択するよう主査と副査に指示した。(甲26,27,乙7の(2),(3),18の(3)ないし(11),25の(1)ないし(4))
 第4回選考委員会の終了後,原口教授は,既に投票が行われた以上,更に審議を継続することはできないのではないかと考え,委員長である債権者目尻に対し,投票後に再度審議をやり直すことはできないこと,次回の委員会では教授会に報告するための報告書及び研究業績評価書の検討をすべきこと,したがって追加の論文の受け取りを拒否することなどを記載した書面を作成し,債権者田尻に送付した。
 平成12年1月14日,第5回選考委員会が開催された。原口教授の上記書面が読み上げられたところ,債権者馬頭は,原口教授が論文の受け取りを拒否したことを批判し,他の委員からも追加の論文を審議した上で判断をすべきとの意見が出され,結局,選考委員会として追加論文7本を検討することが改めて決められた。(甲26,27,乙7の(2),(3),18の(3)ないし(11),25の(1)ないし(4))
 平成12年1月31日,第6回選考委員会が開催され,○○候補の科目適合性について議論がなされた。主査である原口教授は,面接及び追加論文を検討した結果,○○候補が経営学の専門家でないことがますます明確になったと主張したところ,他の委員から経済学と経営学は峻別できない,原口教授の態度は投票前と大きく矛盾しているなどと批判がなされた。副査である債権者馬頭が教授会で主査を解任する動議を提出したらどうかと提案したが,委員長である債権者田尻や他の委員も動議の提出には反対し,動議は提出されないこととなった。その後,教授会へ提出する報告書の内容について検討がなされ,委員長である債権者田尻が,主査が反対した旨も記載しなければならないと述べたところ,○○教授が委員会の不統一の強調は教授会での混乱を招くとして報告書では触れず,主査は口頭で反対意見を述べることを提案し,他の委員らがこれに賛成したため,報告書には反対者の個人名は記載されないこととなった。次に,業績評価書を誰が作成するか話し合われ,主査である原口教授が自分は採用を可とする業績評価は作成できないと主張したため,他の委員から原口教授に対し,主査を交替するか,副査の作成する業績評価書に連名で署名するよう要請がなされたが,原口教授はこれを断った。そこで,次回,委員長が報告書の原案を,副査が業績評価書の原案を作成し,検討することとなった(甲26,27,乙7の(2),(3),18の(3)ないし(11),25の(1)ないし(4))。
 平成12年2月8日,第7回選考委員会が開催され,報告書等の作成について検討がなされた。
委員長である債権者田尻は,副査である債権者馬頭が,○○候補について労使関係論及び人事関係論いずれについても科目適合性を認めており,原口教授を除く他の委員らもこれに同調していたので,○○候補は労使関係論と人事関係論いずれにも科目適合性が認められる旨を報告書の原案に記載した。しかし,主査である原口教授が科目適合性について否定的な見解を述べたため,債権者田尻は,人事管理論を削除して労使関係論で採用することで妥協できないかと考え,教授会に労使関係論の教授として推薦することを提案した。これに対して,原口教授は担当科目の一方だけで提案することに対して疑問を呈し,また,債権者馬頭は人事管理論についても科目適合性が認められる旨主張したが,委員長である債権者田尻から,過去にも一方の担当科目のみで採用が決定された事例があったことが紹介され,他の委員もこれに同調したことから,教授会には労使関係論の1科目だけで採用する旨を提案することに決まった。
 原口教授は,さらに,報告書に投票で否を投じたのが自分である旨を記載するよう求めたが,他の委員らが反対者の個人名を記載することに反対したので,原口教授が口頭で報告することとなった。
業績評価書について,副査である債権者馬頭は,○○候補が労使関係論と人事管理論の双方について科目適合性が認められる旨の記載をしていたが,委員会として労使関係論のみで推薦することが決まったことから,人事管理論に関する記載を削除した。前回の委員会で,副査である債権者馬頭が業績評価書を作成することに決まっていたが,副査が単独で業績評価書を作成することは異常であるとして,他の委員らは主査である原口教授に対し,副査の作成する業績評価書に連署するか主査を降りるか,どちらかを選択するよう迫ったところ,原口教授は次回までに検討させて欲しいと申し出た。(甲26,27,乙7の(2),(3),18の(3)ないし(11),25の(1)ないし(4))
 平成12年2月17日,第8回選考委員会が開催され,投票で反対票を投じたのが主査であることについては報告書に記載せず,口頭で報告することが確認された。委員らは主査である原口教授に対し,業績評価書に連署するか,主査を交替するかの選択を求めたが,原口教授はいずれも拒否すると回答したので,副査が単独で業績評価書を作成することにした。これに対し,主査である原口教授は,主査と副査が別々に業績評価書を作成して教授会に提出すべきであると主張したが,他の委員らは副査の業績評価書を委員会の評価書であるとして原口教授の提案を拒否した。主査である原口教授は委員会の決定を尊重することにしたが,口頭で意見を述べることは認められた。(乙10)
(ア) 平成12年2月22日,第13回教授会が開催され,選考委員会委員長である債権者田尻から,第4回の委員会で候補者ヘの面接後,投票を実施したところ賛成4,反対1の結果となったこと,○○候補が労使関係論の担当者として適任であるとの結論に達し,教授会ヘ推薦することなどが記載された報告書が提出され,報告が行われた。
(イ) 続いて,副査の債権者馬頭から○○候補が労使関係論の研究者として適任であると記載された業績評価書に基づいて,業績評価が報告された。これに対し,報告の途中で,他の教授から@主査と副査の間で業績評価について合意に達したのか,A主査である原口教授に対して主査を降りるよう要請がなされたと報告があったが,それは主査に問題があったからなのか,B副査が業績評価を行うことには問題があるので今回の方法は前例としないで欲しい等の質問や意見が出された。そこで,議長である債権者八尾が業績評価の報告後に意見交換をしてはどうかと提案し,債権者馬頭の報告が再開され,最後に委員長である債権者田尻が,委員会の結論として○○候補を労使関係論の教授として採用を可とすることが述べられた。
(ウ) その後,主査である原口教授の意見が求められ,原口教授は,自己が作成した報告書を配布し,選考委員会でなされた議論の内容や審議の経過,副査の報告には多くの誤りがみられることなど詳細な報告を行ったところ,原口教授と債権者馬頭との間で激しい議論がなされた。この後,教授らから,副査の報告は不適当であるので外部に審査を委託してはどうか,人事管理論及び労使関係論で公募したにもかかわらず,労使関係論に絞って審査を行ったことは背信行為ではないか,数回にわたり科目適合性について議論を重ねたにもかかわらず合意ができなかったことはそれ自体問題ではないかといった議論が長時間行われ,委員長である債権者田尻に対し,人事管理論を担当させるのかとの質問がなされたところ,債権者田尻は「そうである」と答えた。
(エ) その後,投票に付してもらいたい旨の提案がなされたが,これに対して原口教授は,今回の選考委員会の提案は多数によるごり押しであること,委員会の多数により主査に業績評価をさせないのは不当であること,委員会で主査を降りろとか,副査の作成した業績評価書に連署するよう強要されたこと,副査の業績評価書は重大な問 題点が多く,教授会の構成員を錯誤に陥らせる危険があること,投票に参加することはごり押しに加担することになるので投票ヘの参加を拒否することを述べ,退席した。これに続いて6名の教授らが退席した。教授らからは,このような状況下で投票を実施することは好ましくないので,委員会を再構成するなどして再審議してはどうかとの意見も出された。議論の結果,選考委員会の提案を承認するか否かについての投票を実施することとなり,投票が行われた結果,投票総数32票,うち賛成17票,反対7票,白票7票,無効1票となった。
(オ) 債権者八尾は,白票無効票は投票総数から除くという慣例的なルールにより,選考委員会の提案を承認するものであるとして,菱山学長に対して候補者を採用すべきである旨の要請をした。(甲16,乙7の(1),乙11,12,)
 菱山学長は債権者八尾から要請を受けたものの,選考委員会の運営と結論には疑義があること,副査の評価を以て選考委員会の結論が示されており,主査の意見が捨象されていること,学長への相談なしに労使関係論に絞って審査をしたのは不当であること,主査・副査の意見が分かれていたことから,教授会で投票に踏み切ったのは早計であると判断し,理事長の承認を経た上で,○○候補の採用を見合わせることにした。
 第13回教授会で退席した7名から,理事長及び菱山学長に対して,それぞれ2通の上申書が提出された。(乙15,16)
 平成12年3月24日,菱山学長は,第17回教授会において経済学部採用人事に関する学長所見という形で,○○候補を不採用とすること,選考委員会の運営と結論に疑義があること,調査委員会を設置することを説明した。(乙14)
(ア) 平成12年2月8日の理事会において,本件採用人事の問題について鹿児島国際大学問題調査委員会(以下「調査委員会」という)を設置して調査を行うことが決議された。(乙17)
(イ) 調査委員会は,平成12年4月5日から同年11月25日まで5回の委員会を開催し,債権者らを含む関係者からの聴聞等を行った。
(ウ) 債権者八尾は,平成12年9月21日ころ,調査委員会の構成員で事情聴取に同席した京都大学の赤岡功副学長と関西大学教授の瀬地山敏教授に対し,自己の意見を述べると共に,後日「学長の御判断と行動とは,全く一方的で公平を欠き,適切を欠いたものであったと思われます。」,学長に「適切なアドヴァイスをして下さいますようにお願い申し上げます。」,「本当は先生御自身が本学の学長になって下さるとありがたいのですが,」などと記載した文書を送付した。(乙75の(1),(2))
(エ) 調査委員会は,平成13年7月23日付けで「鹿児島国際大学問題調査委員会報告−経済学部公募採用人事について−」と題する報告書(以下「調査委員会報告書」という)を作成した。(乙21)
 調査委員会報告書を踏まえ,平成13年10月1日の理事会で,懲罰委員会の設置が承認された。(乙23)
懲罰委員会は,債権者らに対し,弁明聴聞を行った結果,改めて,本件大学内で調査を行うべきであるとの結論に達し,平成13年12月17日の大学評議会でその旨提案がなされ,採用人事調査委員会の設置が承認され,調査を実施した採用人事調査委員会は,平成14年2月27日に「大学評議会における調査委員会議長への報告書」を作成し,同年3月14日の大学評議会で報告した。(乙27,28)
 平成14年3月12日の懲罰委員会で債権者ら及び○○教授に対して懲戒理由や処分程度について改めて審議した結果,債権者ら3名に 対しては懲戒退職とし,○○教授に対しては減給6か月とする処分案が作成された。
 平成14年3月29日,上記処分案が理事会で提案され,承認された。(乙29)
 平成14年3月29日,債務者は債権者らに対し,それぞれ処分通知書と題する書面を送付し,債権者らを懲戒退職とすること,本件大学ヘの立ち入りを禁止することを通知した(以下「本件処分」という)。(甲1ないし3)
 平成14年4月17日,平成14年度第1回評議会で本件処分について全会一致で了承することが確認された。(乙40)
(4) 普通解雇
債務者は,平成14年10月26日,債権者らを普通解雇した。
(5) 就業規則(甲5)
 遵守事項(36条)
職員は,服務については次の事項を守らなければならない。
@ 学園の名誉を重んじ規律を維持し職員としての品位を保つこと。
A 就業規則,同付属規程及び上司の職務上の指示に忠実に従うこと。
以下省略
 禁止事項(38条)
 職員は,次の各号に掲げる行為をしてはならない。
 @ 職務上の地位を利用し,自己の利益を図ること。
A 職務上の権限をこえ,又は権利を濫用して専断的な行為をすること。
B 職務上知り得た秘密を漏らし,又は学園の不利益となるおそれのある事項を他に告げること。
以下省略
 懲戒(54条)
職員が次の各号の1に該当する場合においては,これに対して懲戒処分をすることができる。
@ 学園の教育方針に違背する行為のあった場合
A 上司の職務上の指示に従わず学園の秩序を乱した場合
B 職務上の義務に違反し,又は職務を怠った場合
C 第4章に規定する服務規律に違反した場合
 懲戒処分(55条)
懲戒処分は,次の区分によって行う。
@ 譴責 始末書を提出させて将来をいましめる。
A 減給 1年以下の期間,本俸の月額の10分の1以下に相当する額を減給する。
B 停職 1日以上1月以内出勤停止を命じ,この間給与を支給しない。
C 降職 役職を免じ,又は役付の格下げを行う。
D 諭旨退職 謎責した上で退職させる。
E 懲戒退職 所轄労働基準監督署長の認定を経て予告又は予告手当なしに直ちに解雇し退職金を支給しない。
(6) 教員選考規程(甲4)
答申(14条)
 委員長は,審査の結果をすみやかに教授会に答申しなければならない。
(7) 旧学則(乙32の(1))
第10章 学部及び教授会
38条4項
 教授会は,次の事項を協議する。
 @ 学則及び諸規定の制定,改廃に関する事項
 以下省略
(8) 債権者らの給与
ア 債権者田尻
債権者田尻の平成13年度の給与は    万     円で,1か月あたり   万    円であった。(甲44)
イ 債権者馬頭
債権者馬頭の平成13年度の給与は   万    円で,1か月あたり   万    円であった。(甲7)
ウ 債権者八尾
債権者八尾の平成13年度の給与は   万     円で,1か月あたり   万    円であった。(甲8)
エ 給与の支給日
債権者らの給与は月給制で,毎月20日に支払われていた。(甲5
就業規則48条)

2 争点

(1) 懲戒解雇事由

ア 債権者田尻
(債務者)
(ア) 債権者田尻は,本件採用人事は人事管理論及び労使関係論の2科目で公募されたにもかかわらず,主査である原口教授から候補者の科目適合性に疑問が呈せられるや,選考委員会の委員長として,選考委員会内だけの審議により,担当科目中の人事管理論を削除し,労使関係論のみを対象として審査を行なうこととし,教授会に対し労使関係論の教授として推薦した。かかる行為は,単に選考手続の瑕疵というにとどまらず,本件大学の社会的信用を低下させ,名誉を傷つけるものであり,就業規則38条2号で規定された「職務上の権限をこえ,又は権利を濫用して専断的な行為をすること」に該当する。
報告書には労使関係論の担当者として適任であるとの記載しかないし,教授会に口頭で説明したことを裏付ける証拠はなんら存在しない。
人事管理論と労使関係論は関連科目であると主張するが,これらの関連性は経営学の分野においては認められるが,候補者の業績に属する経済学の分野においては関連性は認められない。
債権者田尻は候補者には人事管理論について業績がないことを主査の指摘によって確認しておきながら,候補者自身が人事管理論を担当できると言えば採用可にしようと話し合ったもので,人事管理論についての業績がなくても採用可としうるように選考委員会の議事運営を行なったものである。
(イ) 第4回選考委員会において投票の結果賛成4,反対1となり,採用を可とする結論となったのであるから,速やかに選考委員会の審議結果を教授会に報告し,教授会の審議に委ねる手続を採るべきところ,選考委員会の委員長であった債権者田尻は,そのままこれを教授会に報告すれば教授会が紛糾し,○○候補の採用が危うくなることを恐れ,主査の反対を覆す目的のもと,選考委員会の継続審議に踏み切った。
かかる行為は,就業規則38条2号に該当する。
(ウ) 継続審議とされた選考委員会の審議の中で,主査に対し,主査を降りるよう迫ったり,副査の作成した業績報告書に連署するよう強要したりした。
かかる行為は,就業規則38条2号に該当する。
(債権者田尻)
(ア) 選考委員会では,候補者に関し,公募条件のとおり,人事管理論及び労使関係論の教授としての適格性について討議を進行させた。選考委員長である債権者田尻の報告書との整合性から,委員会は○○候補者を労使関係論の担当教授として推薦し,人事管理論を担当可として口頭で報告したものである。
投票による採決後,直ちに教授会に報告しなかったのは,報告書と業績評価書の作成のための時間が必要であったからである。
  労使関係論と人事管理論は関連科目であり,文部省(現文部科学省)の設置基準要綱でも関連科目は担当できるとの条項がある。
(イ) 選考委員会は,第5回以降業績評価書と委員会報告の作成を課題としたが,選考委員会が延長されたのは,未読の論文も検討して人事管理論について業績評価書を作成することになったためであり,この点については委員全員異論はなかった。そのまま教授会に報告すれば教授会が紛糾するとか,○○候補者の採用が危うくなることを恐れてとか,主査である原口教授の反対を覆す目的で,債権者田尻が,選考委員会を終了させなかったということはない。
(ウ) 債権者田尻は,主査に対し業績報告書は主査及び副査が作成するのが慣例となっていることから,慣例にしたがって署名するよう求めたことはあるが,他の委員らと共に主査である原口教授に対し,主査を降りるよう迫ったり,副査の書いた業績報告書に連署するように強要したことはない。

イ 債権者馬頭
(債務者)
(ア) 本件採用人事は人事管理論及び労使関係論という担当科目で公募 されたにもかかわらず,選考委員会だけの審議により担当科目の人事管理論を削除して労使関係論のみで採用を可とした。かかる行為は本件大学の社会的信用を低下させ,名誉を傷つけるものであるところ,債権者馬頭は主査の意見を無視して,あえて労使関係論の担当を適任とする評価書を作成した。
  かかる行為は,就業規則38条2号に該当する。
(イ) 候補者の業績については,客観的にみる限り,労使関係論においても不適格と判断せざるを得ないが,仮に債権者馬頭がそのことを承知の上で業績評価書を作成したとすれば,就業規則38条1号の「職務上の地位を利用し,自己の利益を図ること」に該当する。
(ウ) 選考委員会において,委員長である債権者田尻が,公募科目を変更したり,投票後も選考委員会の審議を継続したり,主査に辞任や副査の作成した報告書に署名することを強要したり不当な議事運営を行っていたものであるが,債権者馬頭はかかる委員長の不適切な議事運営を一貫して支持し,特に主査に対して辞任や署名を強要したことについては,債権者馬頭も自ら積極的に関与している。
  これらの行為は,就業規則38条2号に該当する。
(債権者馬頭)
(ア) 選考委員会が,担当科目中の人事管理論を削除し,労使関係論のみを取りだした形で審査を行なったことはない。選考委員会は,労使関係論で採用を可とし,人事関係論の担当も可とする意見を付して教授会に提案した。
(イ) 前記ア(ウ)と同様,主査である原口教授に対し,主査を降りるよう迫ったり,副査の書いた業績報告書に連署するように強要したことはない。

ウ 債権者八尾
(債務者)
(ア) 第13回教授会において,○○候補の科目適合性について主査と副査の意見が対立していることが判明し,教員からも様々な疑問が呈されたにもかかわらず,議長として,選考委員会の報告を是とする方向で議事を運営し,選考委員会の報告の不当性を訴えて退席する教員が出る中で投票を強行した。投票の結果,反対,白票及び退席者の数が賛成者の数を上回っていたことからしても,議事運営は専断的であったと認められる。
 動議が出された場合には,まず動議を採択するか否か諮らなければならないのに,直ちに投票に移る旨宣言したことからしても,議事運営が専断的であったことがうかがえる。
  かかる行為は,就業規則38条2号に該当する。
(イ) 大学改革事業に対する妨害
  @ 債権者八尾は,○○○○教授の後任として,大学院開設準備委員会や新学部開設準備委員会(以下両者を合わせて,「本件各開設準備委員会」という)の委員となり,いずれも第3回以降の審議に加わったが,本件各開設準備委員会において,純粋に共学的な観点から審議を行い,経営見通しや財政問題にかかわることは検討しないという申し合わせがなされており,議長である菱山学長が,本件各開設準備委員会において,その旨再三再四指摘したにもかかわらず,議長の指示を無視し,独自の意見を繰り返し陳述し,議事の進行を妨害した。
 かかる行為は,就業規則38条2号に該当する。
A 平成10年7月15日の第6回教授会において,理事会専権事項について無記名投票をするのは適当でないとの一部教員の意見を無視し,本件学則改正案の採決を強行し,賛成18票,反対10票,白票8票であったにもかかわらず,教授会の結論は可否同数であり,承認されなかったとの内容で議事録を作成することに決定した。本件学則改正案は,経済学部と社会学部に国際文化学部を加えるだけの形式的変更であったにもかかわらず,学則の変更が教授会の協議事項とされていたことを奇貨として事実上理事会の決定事項を変更しようとしたものである。
  かかる行為は,就業規則38条2号に該当する。
B 大学改革事業に関して,自己の意見が容れられないとみるや,学内者や学外者に対し,学長を非難し,あるいは,その名誉を傷つける文書を送付した。
 かかる行為は,就業規則38条2号に該当するほか,同36条1号「学園の名誉を重んじ規律を維持し職員としての品位を保つこと」,同条2号「上司の職務上の指示に忠実に従うこと」,同38条3号「学園の不利益となるおそれのある事項を他に告げること」に該当する。
(債権者八尾)
(ア) 第13回教授会では,債権者八尾は議長として賛否の議論を進め,主査らの反対意見にも十分に発言時間を与えた上で投票に入ったもので,債権者八尾が,委員会報告を是とする方向で議事を運営したり,強引に投票に持ち込もうとしたことはない。
(イ) 本件各開設準備委員会において,債権者八尾が財政問題を持ち出したことがあったのは事実であるが,それによって,議事が紛糾したり出席委員から発言内容を問題視されたことはない。また,債権者八尾が議事を妨害したことはない。
(ウ) 債権者八尾が学長や理事長に送付した書簡は,本件大学のためを思って作成したのであり,その趣旨は,将来計画の策定にあたっては十分な調査等を行なって誤りのない判断をお願いしますという趣旨のものが殆どであった。これらの書簡を送付することは言論の自由の範囲内であるし,書簡を送付したことにより,学科や大学院の新設が遅れたこともないのであるから,懲戒事由には該当しない。
(エ) 八尾は学長を誹謗中傷をしたことはない。

エ 適正手続について
(債務者)
(ア) 手続について
本件処分は,大学問題調査委員会,懲罰委員会及び大学評議会の設置した採用人事調査委員会の審査を経て,債権者らに対し,十分な弁明の機会を与えた上で,理事会の決議を経て行われたもので,手続上何らの暇疲もない。
 労働基準監督署の認定は懲戒解雇の有効要件ではなく,認定を得ていなくても本件処分は有効である。
(イ) 教授会及び評議会の議決を経ていないことについて
  債務者らが指摘する学則の評議会協議事項のうちの「教員の人事に関する事項」とは,役職人事・教員の割愛・客員教授等に関することを指しており,慣行としてもそのような扱いがなされており,教員の懲戒処分に関する事項は理事会の決議事項である。
  平成13年4月1日から施行された現行の学則においては,教授会も評議会も,理事会の業務に関する事項には関与しないとされ(47条3項,49条3項),教授会及び評議会が懲戒処分について協議できないことが明文化されている。
  評議会が理事会に先立って懲戒処分自体を協議することはできないが,本件処分については,平成14年4月17日に開催された第1回評議会において,本件処分について評議会としても全会一致で了承することが確認されている。
(債権者ら)
(ア) 就業規則55条には,「懲戒解雇については所轄労働基準監督署長の認定を」受けなければならない旨規定されており,労働基準監督署長の認定を受けることが懲戒解雇の有効要件とされているところ,本件処分では,所轄労働基準監督署長の認定がなされておらず,したがって,無効である。
(イ) 教授会,評議会の審議がないこと
学校教育法59条1項の「重要な事項」に該当すること,教育公務員特例法6条1項で,教授等は大学管理機関の審査によらなければ免職されないと規定されていることからすれば,教員の解雇は,教授会の審議事項に含まれる。就業規則6条は,一定の手続の下で最終的には理事長が任免するという趣旨であり,教授会の審議を経ていない本件処分は適正手続を欠いた違法な処分である。
 仮に,教授会の審議が必要ないとしても,解雇は「教員の人事に関する事項」(学則49条)に該当するから,評議会の審議が必要であるところ,評議会の審議は行われていないから,本件処分は無効である。

オ 予備的解雇
(債務者)
 仮に本件処分が無効であったとしても,債務者は,平成14年10月26日,債権者らを予備的に解雇した。
(債権者ら)
 債権者らは誠実に職務を尽くしただけであり,処分などしてはならない事例であるから,普通解雇は濫用に該当する。
(2) 保全の必要性
(債権者ら)
 収入
本件処分がなければ,債権者田尻は1か月 万 円,同馬頭は 万 円,同八尾は 万 円の所得が得られていたはずである。
研究室の使用
大学の教員は,研究と教育という任を担わなければならないことから,相当の研究費と適切な広さの研究室を含む研究用施設が準備されなければならない。大学設置基準でも選任の教員に対して研究室を備えなければならないとされている。大学の教員である債権者らにとって,研究室の使用及び研究費の支給はその身分保全に欠かせないものとして必要性がある。
(債務者)
研究室の使用
大部分の人文・社会科学の分野は大学の研究室が利用できなければ研究ができないということはない。本件大学の図書館以外にも研究に必要な書籍,資料は存在していることを考慮すれば,債務者が債権者らに対して研究室を利用することを認めなければならない理由は存在しない。

第3 争点に対する判断

1 懲戒処分の有効性
(1) 債権者田尻
ア 担当科目の削除及び科目適合性について
 前記第2の1(3)によれば,選考委員会は,○○候補を教授会ヘ推薦するにあたり,人事管理論を削除し,労使関係論のみで推薦することに決定したこと,債権者田尻は,教授会にも労使関係論の担当者として推薦する旨の報告書を提出し,債権者馬頭も○○候補者が労使関係論の担当者として適任であるとする旨の業績評価書を提出し,それぞれ報告を行ったことが認められる。
 この点について,債務者は,まず,労使関係論のみを対象として審査し,推薦したことは,職務の権限を越え,または権利の濫用として専断的な行為に当たると主張する。
  しかしながら,そもそも,前記第2の1(3)によれば,副査である債権者馬頭は人事関係論についても担当が可能であると判断し,他の委員も債権者馬頭と原口教授との議論を踏まえて副査である債権者馬頭の立場に賛同することを決めていること,教授会で○○候補に人事管理論も担当させるのかと問われた際,債権者田尻は,担当させると答えたことからすれば,選考委員会としては,人事管理論の科目適合性についても審査の対象とし,適合性があると判断していたものと認められるのであって,1科目に絞って検討,選考されたのではないというべきである。
 その上で,債権者馬頭,同田尻は,選考委員会の意思統一を図るための苦肉の策として教授会への報告書上は労使関係論の担当者として推薦することにしたものであるが,選考のあり方として,募集の要項に完全に合致する候補者がいない場合に,一切採用を認めてはならないということはなく,相応に合致していると認められる者の中から最も適任と判断される候補者を選択するという方法も十分に合理性を有すると解されるうえ,前認定のとおり,過去にも本件の公募採用人事とは異なるものの内部の昇格人事において,2科目で科目適合性を計ったものの1科目だけで採用が決定された人事があったこと(乙18の(4),(8),(11)),最終的には○○候補の科目適合性の判断だけが対立点で,他に採用が検討されていた候補者が存在していなかったことが認められ,これらを踏まえれば,労使関係論についてのみ適任である (人事関1係論については適任として推薦はしないが,大学での授業を担当する程度には問題はないとの意向をもって)として教授会に推薦することも選考委員会の裁量の範囲内であると認められ,これをもって,債権者田尻が選考委員としての職責を遂行しなかったものとはいえない。
 次に,債務者は,○○候補にはと科目適合性が認められないにもかかわらず,教授会に推薦したが,同候補推薦の業績評価書には虚偽記載があるとして,選考委員としての職務遂行に許し難い不当な行為があった旨主張する。
  しかしながら,科目適合性の有無の判断の誤りを懲戒事由にするということになると,学問的立場の違いを理由に懲戒処分が行われることになりかねず,選任を委託された教員らは,懲戒を恐れて自己の学問的見地に基づいて科目適合性の判断をすることができなくなるため,特段の事情がない限り懲戒事由に該当しないというべきであるところ,本件の場合,教授会でも相当の人数の教員が選考委員会の推薦に賛成していること,労使関係論,人事管理論の概念自体が固定されたものではないことは経済学史上明らかである(乙18の(10),乙25の(3))し,その定義も学問的立場の違いを反映したものとなるものであることからするならば,科目適合性の判断は極めて学問的立場の違いに左右されることになるものといわざるを得ず,したがって,○○候補が労使関係論について科目適合性が認められないとは明らかとはいえないし,業績評価書の記載が虚偽であるとも断ずることはできない。また,提出された証拠(乙81,83)によっては,○○候補選考の動機が債権者らの私情に基づいていたと認定するには未だ十分とは言い難く,その他,特段の事情があると認めるに足りる証拠はない。
イ 投票後も選考委員会を継続したことについて
 前認定のとおり,第4回選考委員会において面接が実施された後,投票が実施され,賛成4,反対1という結果となり,委員会として採用を可とする結論がでたものの,委員長である債権者田尻が,主査の原口教授が反対では教授会に提案しても,賛成を得ることは難しいとの見通しを述べ,原口教授を除く他の委員らもこれに同調し,委員会として,意見を一本化するため,委員会を継続し,業績評価の対象となる論文を追加し,○○候補の科目適合性について更に審査を続けることに決定したことが認められる。
 この点,債権者らは,選考委員会を延長することになったのは,○○候補執筆の論文中選考委員らが未読の論文を検討して人事管理論について業績評価書を作成することになったためであり,そのまま教授会に報告すれば教授会が紛糾するとか,○○候補の採用が危うくなることを恐れてであるとか,主査である原口教授の反対を覆す目的で,債権者田尻が,選考委員会を終了させなかったということはないと主張する。しかし,債権者田尻が,人事管理論を削除して労使関係論で採用することを選考委員会で提案したのは,人事管理論を削除することで原口教授と意見の一本化を図ろうとしたことによるものであったこと(乙18の(8)),他の委員らが人事管理論の削除に応じたのも選考委員会として一致した意見で教授会ヘ推薦ができないかを探るためであったこと(乙18の(5),(6)),主査である原口教授が教授会で自分の意見も述べたいと主張したのに対し,原口教授を除く他の委員らが,原口教授の立場は委員会の立場と異なるとして副査と並んで報告することを認めないとの考えを示したことがあったりしたことからすれば,原口教授を除く委員らは,教授会で主査が反対意見を述べることを極力避けようとしていたと推認でき,教授会での紛糾を避けようとしていたものと解するのが相当である。
 しかしながら,選考委員会において原口教授を除く他の委員らが上記のような考え方を採ったことが直ちに教員選考規程に反するとか同委員会の審議に不公平や不正があったということはできない。すなわち,教員選考規程には,審査の結果をすみやかに教授会に報告しなければならないとはあるものの,投票を実施したらすみやかに教授会に報告しなければならないとか,投票を実施した場合にはそれ以上審議をしてはならないなどとは記載されておらず,投票を実施して意見が分かれていることが判明した場合,審議を継続して意見を一本化できないか検討を試みることは教員選考を依頼された議事体としての裁量の範囲内と認められるからである。したがって,選考委員会を終了させることなく,意思統一を図り得ないかを模索して継続審理としたことは,債権者らが選考委員としての職責を遂行しなかったものとはいえず,懲戒事由には該当しないものと解される。
ウ 主査に対する強要について
 前認定のように,第7回選考委員会において,債権者らを含む原口教授以外の委員らが主査である原口教授に対して,主査と副査を交代するか,あるいは副査の作成する業績評価書に連署するかを選択する ように迫ったことが認められる。
しかしながら,前認定によれば,同選考委員会においては原口教授がそのいずれをも選択することを承諾しなかったので,次回の選考委員会での継続審理としたこと,第8回選考委員会でも原口教授はいずれを選択することをも拒否したこと,それ以降は,債権者らを含む原口教授以外の委員らが原口教授に対していずれかを選択するよう要求することをせず,副査が単独で業績評価書を作成することに決まったこと,原口教授が教授会で上記評価書の内容とは別に意見を述べることを了承したことが認められ,以上の事実によれば,第7回選考委員会において,原口教授の意思に反してまでもいずれかを選択させようとしたものとは認められず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 なお,債務者は,選考委員会において債権者らが大声をあげて,強引な会議の進行を計った旨主張する。確かに,○○教授は,平成13年11月22日に実施された弁明聴聞の際に,声を大きくしたことはあったと認めているが,それは原口教授が資料を差し止めたりした際のことであり,原口教授に上記の選択を迫ったときについてはせっぱ詰まっていたので大きな声を出していたとしてもおかしくないという程度のものであること,原口教授自身,調査委員会において,第2回と第5回の選考委員会の際には大声で怒鳴られたと供述するものの,第7回の際には暴言脅迫という表現は使いつつも,大声で怒鳴られたとは供述していないこと,大声を出したとされる債権者馬頭及び債権者田尻は,調査委員会や弁解聴聞において,第2回と第5回の委員会で原口教授を非難する際大声を出したことは認めるものの,第7回委員会で選択を迫る際には大声を出してはいないと供述していること,大声を聞いたとされる事務職員もいずれの委員会の際に聞いたのかは記憶していないことからすれば,第7回委員会で原口教授に対して大声を出して選択を迫ったとは認められず,また,前認定のように,同委員会では最早原口教授に対していずれかを選択するよう要求することをせず,副査が単独で業績評価書を作成することに決め,原口教授が教授会で上記評価書の内容とは別に意見を述べることも了承したのであるから,強引な会議の進行がなされたものとはいえない。
 また,原口教授を除く他の委員が○○候補の採用を可とし,委員会として採用を可と判断して教授会に報告することが決定しているのであるから,主査の意見が反対意見であっても委員会の構成員として本来作成の責任を負う主査に業績評価書に連署してもらうという方策を検討したり,委員会の決定と結論を同じくする委員を主査にして業績評価書を作成させることを検討したりすること自体は何ら非難されるものではないはずであるし,また,前記のとおり,原口教授に対して本人の意思に反してまで選択を迫ったとは認められず,社会的に許容される範囲を逸脱したとまでは言えない。
以上のとおりであって,第7回選考委員会で原口教授に上記のような選択を迫ったことが,選考委員会の委員としての職務を誠実に遂行したことにならないとして,懲戒事由に該当するとは認められない。

(2) 債権者馬頭
ア 担当科目の削除について
前記(1)アと同様,かかる事実が懲戒事由に該当するとは認められない。
イ 業績評価書の作成について
前記(1)アのとおり,本件採用人事において,調査委員会が担当科目を1科目削除して教授会に報告したことは懲戒の対象とはならないのであって,また,業績評価報告書の作成も懲戒の対象となる行為とは認められない。
ウ 主査に対する強要について
 前記(1)ウと同様,かかる行為が懲戒事由に該当するとは認められない。

(3) 債権者八尾
ア 本件採用人事に関わる教授会の運営について
第13回教授会の審議の経過については第2の1(3)コのとおりであり,選考委員会では原口教授からは口頭で意見を述べることを了承していたが,原口教授は,自己が作成した報告書を配布し,選考委員会でなされた議論の内容や審議の経過,副査の報告には多くの誤りがみられることなど詳細な報告を行ったものであり,書面の提出をも認めた結果になっていること,教授会の審議では,採用に賛成の教員,採用に反対の教員それぞれに意見を述べる場を与え,審議に相当時間をかけていることからすれば,債権者八尾が選考委員会の意見に賛成していた者ではあるが,選考委員会の報告を是とする方向へ導くように,ことさら議事を運営したとは認められない。
次に,選考委員会の提案は多数決の濫用であるとか主査に業績評価をさせない不当があるなどと指摘し,選考委員会の提案を受け入れられないとして退席した教員がいたにもかかわらず,学部長である債権者八尾が投票を実施したことについて,債務者は,恣意的な教授会の運営がなされたと主張する。しかし,前認定のとおりの経過で当該教授会が運営され,賛成や反対意見が出され,審議に相当時間をかけたうえで投票の方法によることになったものであるが,教員が選考委員会の提案に賛成派と反対派に分かれて激しく対立していたことからすれば,継続審議としても結論がまとまる見込みは全くなかったと推認でき,議論が一応尽くされた時点で結論を出すために投票を実施することは何ら非難されるべきことではないというべきである。また,退席者が出たからといって,投票を実施してはならないとしたのでは,かえって退席者に投票拒否権を認める結果となる不都合を生じることにもなるのであって,以上によれば,投票の方法を採ったことは何ら恣意的な運営がなされたということにはならない。そして,投票は規定に基づいて行われ,有効投票の3分の2以上の賛成により提案が可決されたことになるのは当然の結論である。
  また,債務者は,投票によるべしとする動議が出されてもその動議を採択するか否か諮らなければならないのに,債権者八尾はそれを諮ることなく投票によったとし,この議事運営が専断的であるなど議事 運営に種々恣意性が存する旨主張するが,前認定のとおり,議論が一応尽くされた上で投票の方法によったものであることが認められることや議論に強い対立がある場合に双方にとって専断的でないと評価しうるような議事運営はおよそ不可能ではないかと思われるくらいに困難であることにも鑑みると,債務者指摘の点は債権者八尾の議事の評価に影響しないというべきである。
イ 大学改革事業の妨害について
(ア) 前認定(第2の1(2))によれば,債権者八尾は,本件各開設準備委員会において,繰り返し財政問題を持ち出しており,中には前回の議事録を確認する際に,前回の議論を蒸し返そうとするなど,不適切な場面もみられるが,財政問題が議題に上がっている場合も多くあって,必ずしも関係のない議論に引きずり込もうとしたものではないといえること,また,本件大学において進行しつつあった大学改革,大学院・新学部新設をめぐっては経営見通しや将来像の策定について教職員の間に様々な意見があって当然であり,債権者八尾においても学部長としてあるいは個人として大学の将来についてできうる限りの機会を捉えて意見や要望を述べようとしたとしてもそのこと自体は何ら問題とされるべきものではなく,むしろ真摯に本件大学の将来像を考え,意見を述べることが自らに課された義務であると考えそれを履践したものともいえるのであって,これをもってことさら議事の妨害を狙ったものとはいえないし,他にそのような目的があったと認めるに足る証拠もなく,これら行為が懲戒事由に該当するとは認められない。
(イ)  平成10年7月15日の第6回教授会において,本件学則改正案の採決を実施し,賛成18票,反対10票,白票8票であったこと,教授会の結論は可否同数であり,承認されなかったとの内容で議事録を作成したことは,前記第2の1(2)エのとおりであるが,これについては教授会の協議事項とされていた事項について審議して投票を実施しただけであるというべきであって,なんら懲戒事由に該当するものではない。
(ウ) また,前認定のとおり,債権者八尾が,財政問題に関して,菱山学長の方針を批判する内容の書簡を,菱山学長や評議員に送付したことが認められるが,上記説示のとおり,本件大学の教員として本件大学の将来の方向性について意見を述べることは当然に認められるところであって,懲戒事由を構成するものではない。
赤岡功教授や瀬地山敏教授に対しても前記のような書簡を送付したことが認められるが,これについても懲戒事由に該当するとは認められない。

(4) 予備的解雇
前記のとおり,債権者らには懲戒事由に該当する事実は認められないから,予備的解雇は解雇権の濫用に該当し無効である。

2 保全の必要性
(1) 給与
前記認定のとおり,債権者田尻が1か月平均で   万   円の給与を得ていたこと,同馬頭が1か月平均で    万   円の給与を得ていたこと,同八尾が1か月平均で   万   円の給与を得ていたこと,給与が毎月20日に支払われていたことが認められ,疎明資料(甲19の(3),20の(3),21の(4))及び審尋の全趣旨によれば,債権者ら及びその家族の生活費として,債権者らに対しては,それぞれ上記の給与相当額の仮払いの必要性が認められ,また,その期間としても,原決定後1年間を限度としたのは相当である。
(2) 研究室の使用
 疎明資料(甲9,20,28)及び審尋の全趣旨によれば,債権者田尻は,債務者から,研究室として7号館518号室が貸与され,同馬頭は,同様に7号館502号室が,同八尾には7号館514号室が貸与されていたこと,債権者らは,蔵書と文献を研究室に保管し,ほとんど毎日研究室を利用していたが,本件処分後,大学への立ち入りが禁止され研究室が利用できなくなり,研究活動に支障がでていることが認められる。もっとも,債権者らからの申し出があった場合,債務者の職員の立会の下で,一定時間,債権者らの研究室への立ち入りが許可されていることは当事者間に争いがない。
 一般に労働者には,使用人に対して就労させることを請求する権利は認められていないが,大学の教員が研究を行うことは,単に業務の遂行としての性格を有しているにとどまらず,教員としての能力や研究者としての存在意義を維持する上で必要不可欠な行為であるといえる。また,大学は,一般の企業と異なり,研究,教育の機関であることから,いかなる内容の研究を行うかは,それぞれの教員の裁量に委ねられており,大学が各教員の研究内容を組織的に管理し,事業の遂行に利用するようなことは考慮されていないし,むしろ,忌避されるべきこととされている。
 このような研究という行為の特殊性及び大学設置基準36条1項及び2項で,大学はその規模等に応じ研究室等を備えた校舎を有するものとされ,専任の教員に対しては必ず研究室等を備えるものとされていること(甲15),前記アのとおり,債権者らは従前研究室を与えられていたこと考慮すれば,本件において,債権者らは債務者に対し,研究室を使用させるよう求める権利を有しているものと解するのが相当である。
 前記アのとおり,債権者らは本件処分後研究室への立ち入りが原則としてできなくなり,研究活動に支障がでていること,債権者らが研究室を使用することによって,債務者が何らかの不利益を被るとの疎明がないことに照らせば,研究室の利用妨害の禁止を求める保全の必要性も認められる。

3 結論
よって,本件仮処分決定は正当であるからこれを認可することとし,主文のとおり決定する。
平成16年3月31日
鹿児島地方裁判所民事第1部

   裁判官  山  本  善  彦


   裁判官  平  井  健 一 郎

裁判長裁判官池谷泉は,退官につき記名押印することができない。

裁判官  山  本  善  彦