本訴裁判 原告側(三教授側)書面
 
準備書面(2003年2月21日)

 

 

 

 

 

平成14年(ワ)第1028号
  原   告   田  尻   利  外2名
  被   告   学校法人津曲学園

準 備 書 面


                       平成15年2月21日


鹿児島地方裁判所 御中


                      上記原告ら代理人
                         弁護士 林   健一郎
                          同  井之脇 寿 一
                          同  森   雅 美
                          同  増 田   博
                          同  小 堀 清 直

1 被告の主張について


  被告の主張する本件懲戒解雇処分の中心的な理由は、原告らが科目不適合の公募教員を採用推薦したこと、教授会で不正に議決したことにあるとするものである。被告はこのことについて次の通り主張している。
 @ 被告において、公募により教員を採用することになったが、教員の資格は経済学部経営学科での「人事管理論および労使関係論」の講義を担当できる「教授または助教授」であった。
 A 原告田尻、同馬頭らで構成する教員選考委員会は、主として経済学の業績しかなく、経営学の「人事管理論および労使関係論」について業績がなく、経営学関係の学会にひとつとして所属していない候補者について、主査の教授が、科目不適合であり、採用科目にあたる業績が皆無であることを理由に推薦反対を主張したにも拘わらず、原告田尻、馬頭らは怒声、暴言と「多数決」の暴力で推薦を可とした。
 B 教員選考委員会は、教授会に、「労使関係論の教授として適任」などと、公募科目であり主要科目である人事管理論については言及もしないという不正な方法で教授会に対して推薦報告を行った。
 C 教授会では、本来主査がすべき業績報告書を「委員会全体の業績報告」などとして、異例にも副査(原告馬頭)が報告するなどしたため、冒頭から反対意見が続出したのにも拘わらず、学部長である議長(原告八尾)は選考委員会のやり方を全て支持し、「委員会提案そのものを不当」として採決すべきでないと主査の教授を含む7名もの教授が退席したにも拘わらず、議長は卒然と残る32名の者で採決を強行し、3分の2の賛成が得られたとして当該候補者の「推薦」を不正に決定した。


2 本件処分理由の異常性
 @ 被告主張の際立った特徴は、事実を歪曲した上、科目に適合するか否かの専門的学問の分野に属する問題について、一方的に採用候補者を科目不適格者と決めつけているということである。
   被告は公募教員の資格は経済学部経営学科での「人事管理論および労使関係論」の講義を担当できる助教授又は教授であったという。しかし、公募では「経済学部における上記科目の講義を担当できる者」とされており、何も経営学科に限られていない。しかし、その公募依頼分には「経済学部におきましては、下記要領により教員候補者を広く公募することになりました」と記し、応募資格を経営学研究者に限定するなどの条件はつけてはいない。また、被告は人事管理論が「必置科目にあたる」とか「主要科目である」と繰り返し主張するが、被告大学ではそのような合意は存在しなかった。被告は事実を正確に述べていないのである。
 A 被告は、教員選考委員会で一人に絞られた採用候補者には主として経済学の業績しかなかったと述べ、採用候補者が「経営学関係の学会に一つとして所属していない」ことを挙げ、科目不適合であったと判断している。しかし、採用候補者が属する2002年度の社会政策学会は、産業労働部会において「日本の労使関係に何が問われているかー日本労使関係研究の課題」をテーマとし、自由論題では「労働問題・労使関係・人事管理」を設定している。
   このように、社会政策学は「労使関係、人事管理」に関する問題を重要な研究分野として包含しており、労使関係論、人事管理論は経営学関係の学会に所属しているか否かで判断されるようなものではないのである。したがって、被告の主張が不適合の根拠にならないことは明白である。
   このようなことから、社会政策を専攻した研究者が大学の講義で労使関係論や人事管理論を担当するのは、ごく自然なことで、本学の当該公募に対する応募者もその大部分が社会政策・労使経済論分野の研究者であったのである。その中で採用候補者は抜群の業績を有し、人事管理論を担当する力も十分に具えていた。教員選考委員会が同候補者を推薦し、教授会がこれを支持したのも、その業績を評価したからである。
 B 被告は採用候補者が経済学経営学の「人事管理論および労使関係論」について業績がないと主張しているが、これも全く該らない。被告は、殊更経営学分野に絞って採用候補者の適格性を論じようとしているが、これは当該科目を矮小化しており、経営学を専攻した者でなければ、これらの科目を担当することが出来ないように言うのは誤りである。被告は、経営学と経済学を全く異なる学問であるかのように述べるが、それは経済学と経営学との関連を学問的に理解しない形式論である。学問的系譜から見ても、経営学は経済学から分離し、両者は相対的独自性をもって発達してきた。したがって、経営経済学という言葉がかなり広く用いられてきたことに示されるように、経済学を基礎とする経営学は有力な学説であり、経営学にあって経済学的アプローチが排除されることはない。被告大学においても経営学科が既存の経済学部の中に設置され、経営学科の科目に経済学関連の科目が配置されているのもこのためである。
   よって、採用候補者に公募科目に関する業績が全くないという主張は、被告の独断である。原告らが研究業績を評価して採用候補者を選定し、推薦したことをもって、被告が原告らを懲戒処分にするのは、学問の自由に対する著しい侵害である。
 C 被告は、主査が「採用候補者は科目不適合であり、採用科目にあたる業績が皆無であることを理由に推薦反対を主張した」と述べているが、これも事実に反している。
   「採用候補者には採用科目にあたる業績が豊富に存在し、主査も含めて、採用候補者を第一位とすることに全く異論はなかった。そのようなことから、教員選考委員会において、採用候補者を面接することに委員全員が同意した。ただし、人事管理については、主査から若干の疑問が出されたため、委員会は主査の意見を尊重して面接で確認することになった。面接後に採用の可否について投票を行ったが、投票前に面接での感想を一言も発しなかった主査が、投票の後で、はじめて否としたことを表明した。他の委員は、採用候補者について、労使関係論は言うまでもなく、人事管理論も関連科目として担当できると判断したものであるが、そのことにより懲戒解雇処分がなされるなど到底許されることではない。教員選考委員会は、教員選考規定第11条により、多数決により4名の教授が採用候補者を適任と判断したから、推薦を決めたのである。これを多数決の暴力と言うのであれば、教員選考規定第11条で「審査に関する決定は、出席委員の3分の2以上の多数決による」と定められている規定は全く意味がないということになる。また、被告は、田尻、馬頭らが、怒声、暴言を吐き、推薦を可としたなどと主張しているが、これも悪質な作り事であることは上記の経過から明白である。
 D 被告は、教員選考委員会が教授会に「労使関係論の教授として適任であるとし、公募科目の主要科目である人事管理論については言及もしないという不正な方法で教授会に対して推薦報告を行った」と主張している。これも事実の歪曲である。被告は未だかつて人事管理論が公募科目の主要科目であるなどと主張したことはなかった。あくまでも公募科目は「労使関係論および人事管理論」を担当できる教授又は助教授とされていたからである。教員選考委員会の田尻委員長は、委員会の議決に基づいて、教授会に対し、採用候補者は労使関係論の教授として適任であり、人事管理論も担当できると報告した上で推薦の上呈をしている。このことは、教授会が採用候補者の担当科目が上記二科目であることを当然の前提として、候補者の労使関係論及び人事管理論の担当で、科目の適合性を活発に議論していることからも明らかである。
 E 被告は、教授会では採用候補者の業績報告を主査がなすべきであるのに、副査が報告をなしたことを非難しているが、これは全くあたらない。主査は委員会の決定を踏まえて業績報告書を作成すべきであったにも拘わらず、これを作成しないとの意思を表明したため、やむなく副査が作成せざるを得なかったものである。そのようなことから、教授会では報告書を作成した副査が業績報告をしたもので、このことは何ら非難されるようなことではないのである。教授会では教員選考委員会の提案について議論がなされたが、主査の原口も採用候補者の業績について自己の評価を文書にして全出席教員に配布し、自己の見解を述べた。そして、長時間の議論の末採決がなされ、3分の2以上の議決で選考委員会の提案が承認されたのである。
 F 被告は反対意見が続出したにも拘わらず、議長である原告八尾は選考委員会のやり方を全て支持し、「委員会提案そのものを不当として採決すべきでないと主査の教授を含む7名もの教授が退席したにも拘わらず、採決を強行した」などと述べている。このうち、「議長である八尾は選考委員会のやり方を全て支持し」などの主張は悪質でさえある。八尾は議長として賛否の意見を十分に討議させているばかりか、審議を慎重にするため、むしろ反対意見の方を尊重したのである。前述の通り、原口主査は文書まで配布し、意見を述べている。教授会において十分な議論を戦わせた後、採決するのは議長の職務であり、反対者がいるからといって採決をしないとすれば、それこそ議長の専断である。原告八尾が議長としての任務を遂行していることは誰の目にも明らかであり、その議決の結果が自己の意思に添わなかったからといって、職務を全うしたことを理由に懲戒解雇処分にされるなどたまったものではない。本件処分は、およそ大学の中で生じたものとは信じられないものである。被告は退席し、議決に加わらない教員がいたから、議長としては議決をしてはならなかったなどと述べているが、何故に民主的な手続を守らない者の意見に議長が従わなければならないのか、またそれがどうして懲戒解雇の理由になるのか、全く理解に苦しむものである。
 G そもそも、教授会において賛成した多数の学者も、退席し議決に加わらなかった学者もそれぞれ十分な教養と学識を有する者であり、その見識に基づいて判断したものである。賛成した学者の意見が懲戒解雇に値する程誤っており、退席した学者の意見が正しいなどと被告が決めることことではない。また、教授会で支持されたのにも拘わらず、教員選考委員会で誠実に審査し、業績抜群の採用候補者を選定し、教授会に推薦して承認を受けた原告田尻、馬頭の両教授や教授会議長として職責を全うした八尾教授らが懲戒解雇という学者としての死命を制する程の処分を受けなければならない理由は全くない。被告が定めた学則、規定に則って誠実に任務を遂行した原告らの行為を多数決の横暴などと主張し、処分することが、いかに理不尽なものであるか、学問の自由、大学の自治を踏みにじった被告の本件処分が、いかに違法なものであるかは誰の目にも明らかである。


3 求釈明について
  被告は本件請求の趣旨の根拠を求めているので、このことについて述べる。
(1) 原告らと被告との契約関係
  @ 原告田尻は、昭和45年4月1日被告に雇用され、平成元年4月1日に教授に任用された。
  A 原告馬頭及び八尾は、いずれも昭和58年4月1日被告に雇用され、原告馬頭において平成6年1月1日に、原告八尾において平成2年4月1日にそれぞれ教授に任用された。
  B 原告らは、被告法人から雇用されている経済学部の教授である。原告らの地位は被告との雇用契約に基づいていることに疑問の余地はなく、大学及び短期大学の解雇事案における多くの判例においても、これを当然の前提として解雇の効力を認定している。前述の通り、本件懲戒解雇は明らかに違法であり、その効力はないものである。
(2) 原告らの1ヶ月の所得について
   原告田尻は、被告から支給された平成13年度の総所得は金1383万1326円であり、同馬頭の同年度の総所得は金1152万9000円、同八尾の同年度の総所得は金1207万4636円である。本件の違法、無効な処分がなされなければ、少なくとも、原告田尻は1ヶ月金115万2610円、同馬頭は1ヶ月金96万0750円、同八尾は1ヶ月金100万6219円の所得が得られたものである。