学園側の仮処分判決に対する異議申立書(2002年12月25日)

 

 
仮処分決定に対する異議申立書

2002年(平成14年)12月25日
鹿児島地方裁判所 民事部  御中

仮処分異議申立人 学校法人津曲学園
上記代理人
弁護士  金 井 塚 修

弁護士  金 井 塚  康 弘

当事者の表示   別紙当事者目録記載のとおり


申 立 の 趣 旨


1 債権者らからの債務者に対する鹿児島地方裁判所平成14年(ヨ)第84号地位保全等仮処分申立事件について、同裁判所裁判官平田豊氏が平成14年9月30日になされた仮処分決定を取り消す。
2 債権者らの上記仮処分申し立てを却下する。
3 訴訟費用は債権者らの負担とする。
との裁判を求める。


申 立 の 理 由

一 はじめに


  本件は、債務者が開設する鹿児島国際大学における教員採用の選考委員会、教授会の場で大学の自治、教授会の自治が踏みにじられ、多数決の名の下に選考が決せられ、公募されたのが「人事管理論および労使関係論」であったにもかかわらず、不十分な「労使関係論」のみの業績しかない候補者につき、不正な採用推薦が行われたので、不正を主導した3名の教授を懲戒解雇したところ、その有効性を争って仮処分申請がなされている事案である。
  仮処分裁判所平田豊裁判官は、2002年(平成14年)4月30日、第1回双方審尋し、同年6月7日に第2回、8月2日に第3回、同月30日に第4回の双方審尋を各開いたが、口頭審尋はせず、書面による証拠調べだけで、9月30日、債権者らの申請を概ね認める決定を下した。
しかし、その判示は、債務者としては到底首肯できるものではない。

二 (本件紛争の経緯について原決定認定事実)
1 原決定は、本件教員選考委員会、同委員会提案を受けての本件教授会のそれ ぞれの審議の経緯を、(4)債権者らに対する本件解雇処分経緯等と題し、争いのない事実として(8頁から10頁にかけて)摘示された。
然し、この摘示事実は表面的であり、事実摘示としては不備な御認定である。 その上で原決定は、懲戒解雇は「使用者が企業秩序を維持するため」制裁を行 う一態様で、「各懲戒処分の中で、使用者の一方的な意思表示によって労働契 約を終了させるという最も重いものであるから、懲戒解雇事由の存否の判断に 当たっては、当該行為の秩序違反の程度が解雇に値するほどの重大なものかと いう観点から行う必要がある」と判示された。
  これは、一般論としては正しいとしても、本件は、一般企業ではなく、大学秩序の根幹に係わり、而も一般職員の解雇事案でもない。大学の使命、学問研 究・教育の根本に直結すると言っても過言ではない高い学識、見識、品格等が 要求される大学教員、而も教授の採用過程に関し生じたことが問題となって行 われた懲戒解雇事案であることが看過されている。従って、解雇に値するほど の重大性の判断も一般職員におけるそれとは当然異なり、大学自治、学問の自 由に係ることに配慮し、その当否が認定されなければならない案件である。
2 原決定には、債権者が本件申立以来その主張の重点となっている、大学の自 治、教授会の自治の観点に立っての考察が欠如していることが第一点として指 摘される(この点は債務者の主張でもある)。又、新憲法と―体として制定された教育基本法によれば、大学はもとより公の性質をもち、教員は全体の奉仕者であって、自己の使命を自覚し、その職責の遂行につとめなければならない。 この基本法をうけて制定された学校教育法によれば、大学の目的は、学術の中 心として広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能カを展開させることにあるから、大学の教員の公募採用に当 っては、高い学問水準に照した科目適合性が要求されなければならない。原決 定は上記視点が欠如し、事実の認定を誤っている。

三 原決定は、上記二の外に事実認定として次の点を挙示されている。即ち、
@  第2回本件教員選考委員会において、原口主査は、候補者の業績について、
理論的で内容も深く力作であるが労働経済論に属するのではないか、労使関係論はよいとして、人事管理論の適合性に疑問を感じる等の発言をしたこと
A 第3回同委員会において、人事管理論については、原口主査の疑問があるた め、講義担当の可否を面接で本人に確認し、担当不可であれば、採用を「否」 とすることを委員全員で確認したこと
B 第4回同委員会において、原口主査が候補者に人事管理論及び労使関係論の 各業績を質問したこと、投票の後、候補者の論文を更に7本迫加して審査する ことになったが、同委員会から数日経過した後、原口主査は、一旦投票を行っ た以上、再審査するのは問題であると考え、追加論文(コピー)の受領を拒否 し、馬頭副査への配布を差し止めたこと
C 第5回同委員会において、原口主査以外の委員は、同主査の言動を容認せず、 改めて再審査することとなったこと
D 第6回同委員会において、原口主査は、候補者の業績について、「経営学の中の人事管理論・労使関係論として通用する(1本として評価できる)論文が 全くなく、若干の関連する論文もその関連の程度は弱く、科目適合性が著しく 低い。従って、経営学の中の人事管理論・労使関係論担当の教授または助教授 として不可である。」等と記載した書面(乙12)を提出し、黒瀬委員から、原口主査の主張は、投票以前と以後では大きな矛盾があるのではないかとの指摘があったこと、原口主査が委員会の意向を踏まえて業績評価書を作成するこ とを拒否したため、馬頭副査が作成することとなったこと
E 第7回同委員会において、田尻委員長作成の報告原案について候補者を「労 使関係論」の教授として推薦する旨の記載があったため、原口主査から公募科 目と異なるとして懸念が表明されたが、原口主査以外の委員からは、過去に同 様の前例があるとして、上記記載が承認されたこと、馬頭副査作成の業績評価 書原案について、候補者が本件大学の「労使関係論」「人事管理論」の担当教授に適任である旨の記載があったため、上記委員長報告書との整合性から「人 事管理論」が削除されたこと、原口主査以外の委員の総意として、副査単独で 業績評価書を作成するのは異様であるので、主査と副査の連名という形で作成 するか、主査を交替することはできないかという要望が出されたこと
F 第8回同委員会において、原口主査が上記要望をいずれも拒否したため、副 査単独で業績評価書を作成することとなったこと、教授会に対し、原口主査が 文書による報告を行うことは認められなかつたが、口頭で述べることは了承さ れたこと
B 本件教授会において、債権者田尻及び同馬頭の報告の後、原口主査の意見が 求められ、同人は、馬頭副査の報告には多くの誤がある旨主張した上で、主査 の立場で作成した研究業績評価資料を配布して報告したいと申し出たため、こ れについて賛否両論が出された後、原口主査及び他の教員からの強い要望によ り、同資料が配布され、原口主査から詳細な報告が行われたこと、その後、馬 頭副査との間で、候補者の業績評価を巡り、激しい議論が交わされ、他の教員 から種々の意見が出されたこと、これら長時間にわたる議論の末、本件につい て投票してほしい旨の動議が出され、議長が投票に移る旨を宣言したところ、 原口主査を含む7名の教員が投票拒否を表明し、退席した後、投票が行われた こと
然し、事実認定として拳示されたこれらの点は、債権者の一方的弁解にとらわれ、 事実の真相を見誤ったものである。
原決定は、選考委員会審議における原口主査のおかれた異常な状況について理解 を欠いている。即ち、主査は他委員の何らの協力なく孤立しており、又人権を無 視した強要、恫喝が行われた状況につき認識がまったく欠如している。

四 債権者馬頭が作成し教授会に提出した訴外****候補の業績評価書には虚偽 記載がある。これは大学の教員採用の選考委員として断じて許されるべきことではない。
1 (序)
応募者****氏の研究業績は先づ、教員選考委員会の専門委員(原口主査、 馬頭副査)において検討された。専門委員が訴外****候補の研究業績検討 の対象として選別採り上げたのは、同人の代表的論文5点である。
訴外****候補の研究業績としては、これまで単著2、編著2、解説書(分 担執筆)2、辞典(項目の分担執筆)3、論丈59、学会報告9、書評5であ る。これらは、労働経済論、生産力論、技術論、分業論、地域経済論などに亘 っており、資本論を基礎理論にして、理論的、実証的に分析・考察したものである。いずれも経済学分野に属し、経営学分野の研究業績ではない。
選考委員会の業績審査では、先づ専門委員の主査、副査において代表的な論文 5点を精読し、更に参考論文7点が検討された。同訴外人の研究業績は公募科 目に対する適合性がなく、主査は経営学の中の「人事管理論および労使関係論」 担当の「教授または助教授」としては不可であると判断した。公募科目は、経営学の中の「人事管理論および労使関係論」である、職名は、「教授または助教授」である。これは、上記公募2科目について研究業績を挙げていて、2科目の教授、指導を担当できることが条件である。同訴外人の研究業績は、経営学の中の人事管理論に関しては、論文として0.3本、経営学の中の労使関係 論に関しては、論文として0.4本程度で、両科目とも一本の論文があるとは言えない。経営学の中の労使関係論単独で採用する場合でも、適合性がほとん どない。総合すると、両科目とも公募科目適合は不可であるというのが主査の意見であった。また、教授として採用となると、債務者大学の教員選考規程では、科目適合論文が10本(点)以上必要であるから、経営学の中の「人事管理論および労使関係論」の担当者としては、教授はおろか、助教授にも該当しない。これが主査の意見である。
2 (業績評価の根拠)
主査の上記判断の根拠は、業績が個別企業(個別資本)レべルか、全国(総資本)レベルかにある。経営学の中の人事管理論・労使関係論に合致するかどうかは、氏の業績が個別企業レべルの経営学であるかどうかである。検討の対象 となった12点の論文では、経営学の中の人事管理論に関しては0.3本、経営学の中の労使関係論に関しては0.4本程度の公募科目との関連性しか認められず、両科目とも評価できる1本の論文があるとは言えない。他に、労働者 (労働)と資本家(資本)との間の賃労働関係を扱ったものがあるとみなした としても、それは個別企業レベルのものではなく全国レベルのもので、経営学の中の労使関係論とは言えない。
3 (公募科目不適合性−人事管理論につき)
訴外****候補者の研究業績は、経営学の中の人事管理論として通用する業績は全くと言っていい位ほとんどない。同訴外人の論文には、賃金格差、差別賃金、賃労働、労働市場等の問題が取り上げられているが、これらは労働経済論の主要題目であり、しかもその取り上げ方が労働経済論的(総資本における 賃労働を考察する)であり、企業レベルの人事管理の問題を考察しているもの ではない。また同訴外人は、「労働過程の再編成と『合理化』 」(吉村・戸木田編「現代社会政策」有斐閣双書、1977年)という発表(論文でない)の中で、経済学的観点からテイラー・システム、フォード・システムをとり上げ (2頁程度)て、その中で人事管理につき批判的意見を述べて若干この点に触れてはいるが、この業績は全体としてみれば経済学の業績であり、経営学の業績と言うことはできない。
4 (公募科目不適合性−労使関係論につき)
経営学で研究の対象としている労使関係論は、企業(経営)レベル、事業所、職場レベルの労使関係である。訴外**候補は一部事例として、BL社の職場レベルの労使関係をとり上げてはいるが(3頁程度)、視点が全国(総資本)レベルの労使関係におかれており、労働者と資本家との階級対立、搾取関係の視点からの論述である。従って、企業の経営という観点から掘り下げ、深く研究した業績ではなく、経営学の中の労使関係論の業績として評価することがきわめて難しいと言わざるを得ない。
5 (**候補の面接結果:科目不適合の自認)
訴外**候補は、面接でも自己の業績が公募科目との適合性が低いことを認めていた。これは、主査の判断がいかに正しいかを本人が口頭で証明したものである。主査は面接で、「経営学の中の人事管理論として通用する業績がないよ うですが、もしあればどの業績ですか。教えて下さい」という質問を行ったところ、氏は「ストレートに扱ったものはない」と回答している。主査の見るところでは、ストレートに扱ったものがないのはもちろん、間接的に扱ったものもほとんど皆無と言ってよい。**候補は自分自身で経営学の中の人事管理論に該当するものがないことを率直に認めていた。
また主査は面接で、「経営学の中の労使関係論は、企業レベル・職場レベルの労使関係論である。先生は全国レべルの労使関係をとり上げておられ、企業レベル・職場レベルの労使関係をとり上げた業績がないようですが、もしあれば教えて下さい」という質問を行ったところ、氏は、「業績と公募科目とは若干のズレがある」と回答されていた。しかし主査の判断では、若干のズレではさらさらない。ほとんどズレており、合致するのは1本の論文を1とすれば評価としてはその半分以下の論文が1本、従って0.4本あるだけである。残りの論文は全部公募科目に合致しない。本人は若干と言っているけれども、とんでもない事実誤認である。
さらに氏は面接の際、これまで研究してきた労働経済論と人事管理論・労使関係論との間には、「基礎理論の面で重なる」と回答した。
また馬頭副査は、基礎がおなじであるから講義は可能と答えた。この場合、**、馬頭が言う基礎理論はマルクスの「資本論」であり、100数十年前の古典のひとつであり、この考えはその後のおびただしい新しい学問の登場、研究分野の拡大を否定することである。岩波書店発行の「経済学辞典」第3版1360頁の「労務管理」の項に次のように書かれている。
 労務管理  [英]labour management [米]personnel management,personnel administration [独]Personalverwaitung
  T 語義 欧米では前掲以外の用語も用いられているし、わが国では 〈人事管理〉ともいわれる。人事管理、労務管理ともに広狭二義があり、 狭義の人事管理は従業員の募集・選考・配置・異動・昇進、教育訓練・能 力開発、意欲づけなどを含む従業員管理の意味に、狭義の労務管理は労使 関係調整の直接制度である団体交渉・労働協約・労使協議制などと、その 内容である賃金・労働時間・休日・安全・衛生、福利厚生を含めた意味に 用いられる。広義には労務管理も人事管理もともに双方の狭義のものを包 括する用語として用いられる。経営学・労働経済学・労働法学の学者や官 庁用語としては、労務管理を広義に用いているが、社会学・心理学の学者 は人事管理を広義に用いる場合が多い。アメリカではpersonnel managementとする場合が最も多いが、man−power management,human resources managementという用語も用いられている。
また有斐閣発行の「経済学辞典」第3版の630頁「人事管理」では次のよう書かれている。
 人事管理 personnel management(administration) 経営的観点から労働力の効率的な利用を目的として施行される諸施策で、従業員の採用、配置、教育訓練、昇進、退職などに関 する管理を内容とする。労働条件、労使関係など組織労働者に対する集団 的管理をおもな対象とする労務管理と厳密には区別されるが、一般にはあ いまいで、両者は同義で用いられることもある。
そのいずれをとっても、人事管理論の主要課題である従業員の募集、選考、配置、異動、昇進、教育訓練の学問展開は、マルクスの「資本論」とはまったく異る学問分野である。
また大学設置基準で経営管理論の中の必置科目として、「人事管理論」をおき、その次に、非必置科目として「労使関係論」をおいているが、これは岩波書店の労務管理の項目の下段である「労使関係調整の直接的制度である団体交渉・労働協約・労使協議制」などのことであり、通常、その各国のちがいの相互比較が加わり、「資本論」とは無縁であり、**、馬頭両氏の言うところは虚偽と詭弁にすぎない。**氏選考過程で行ったこのような虚偽の拡大解釈は、「過去の人事選考にも事例があった」と馬頭氏が言っているように、これによつて科目不適合者を採用し、同一理論、同一政治イデオロギーの信奉者を集め、政治的に学部内多数派を構成しようとしてきたのであり、それによるアカデミズムの喪失こそが大学の最大の問題なのである。
訴外**候補は面接で専門は何かについての質問には、「労働論、産業論、そしてプラスアルファーとして地域経済論」と回答した。また加入学会についての質問には、「社会政策学会、産業学会、経済理論学会、日本地域経済学会」を挙げ、「日本経営学会、日本労務学会には加入していない」と回答した。
これらの回答からもわかるように、氏の専門は経営学(人事管理論・労使関係論)ではなく、経済学である。
6 (結語)
いずれにせよ、訴外**候補の研究業績は、経営学の中の人事管理論・労使関係論として通用する(1本として評価できる)論文が全くなく、若干の関連す る論文もその関連の程度が非常に弱く、科目適合性が著しく低い。従って、経 営学の中の「人事管理論及び労使関係論」担当の「教授または助教授」として 不可である。選考委員会で検討した12点の業績(論文)は、経済学の中の労働経済論・階級論・生産力論・技術論・分業論の業績である。以上のような経済学の業績を経営学の中の人事管理論・労使関係論の業績としてみなすことは 到底できない。上記経済学の業績では、経営学の中の「人事管理論及び労使関係論」担当の「教授または助教授」として不適格であるというのが、選考委員 会の主査の見解である。
7 (大学問題調査委員会の評価)
上記の結論は、経営学の労務関係の専門家、赤岡功京大副学長(当時)に支持 されている。即ち、赤岡功教授(京都大学大学院経済学研究科教授)、日本労務学会理事)は、****候補の12点の業績を検討した結果、「人事管理論」、 「労務管理論」あるいは「経営労務論」としてはどうかといえば、「人事管理論」としても「労務管理論」としても、@管理への考察(管理実践への批判で あってもいいが)が希薄であるという点と、A個々の労働者との関係に焦点があたるところが大変少ないという点、およびB人事管理論、労務管理論の文献がほとんど使われていないという点で、不適合と言わざるをえず、また「経営労務論」としても、この科目をかなり拡張解釈しても、上と同様にやはり適合するとはいいがたいと考える、というのである。
8 (結)
原口主査は、経営学の中の労使関係は「企業内労使関係」を意味することは経営学者の間では常識であり、これと、経済学の中の労働問題(時として「労資(使)関係」と呼ぶ者がいる)とは異なるものだと主張する。馬頭忠治氏はこれがわからないはずがない。馬頭氏は言い逃れをするために、無理やりこれら をこじつけている。馬頭氏が引用する藻利重隆編『経営学辞典』(東洋経済新報社、1972年、662頁)には次のとおり記載されている。
即ちそれは、労使関係の意義と題して、「労使関係  industrial relations という用語は、だいたい第2次大戦後から一般的につか われはじめたものである。それは総資本対総労働の対抗的関係、もしくは雇用 関係から発生するいっさいの関係を意味するものとして広く理解される場合もある。しかしここにいう労使関係とは、労使が利害の異なる問題について対等な立場で話し合えるという集団的関係の形成を前提とした、個別企業における労使関係ないし経営労使関係を意味している。」
馬頭氏の主張はこの引用の前半に依拠したもので、重要なのは、アンダーライ ンをしたこの引用の後半の部分である。
債務者大学では、労使関係論は経営学コース科目に属する。すなわち、経営学 分野の科目である以上、経営学の研究対象に規定されるから、全国レベルや産 業レベルの労使関係は対象外となる。(疏乙85号証)
債権者馬頭忠治は、従って、経営学者として、教授会に対し、**候補の業績 評価書を提出した際、「氏の研究業績は労使関係論(=労資関係論)を軸にした社会政策および工業政策(地域経済も含む)に係っている」と冒頭に書き、 最後に、「****氏が本学の『労使関係論』の担当教授であることをここに報告する」(乙11号証 日付2000年2月8日)として、人事管理論には一切触れなかったのである。つまり人事管理論を公的文書である報告書のなか で捨象したのである。
さらに注意すべきは、上記の冒頭の句に出てくる「社会政策および工業政策」 が疑いなく経済学に属することは明白なことであるから、馬頭氏自身、この文 言によって、**候補の業績が経営学ではなく、まさに経済学分野に属するこ とを明言しているわけである。いいかえれば、それは**候補の業績が紛れも なく経営学分野に属する公募科目「人事管理論および労使関係論」の科目に適 合しないことを露呈している。
教授会への教員選考委員会の報告は乙11号証に尽きるのであり、この結論が、 本件2科目公募についての教授会の審議に、正確な研究業績評価書を提出した ということはできず、教授会構成員の判断を誤らしめたことは明かである。

五 教授会の審議について
1 (退席7教員の見解)
本件公募人事の教員選考委員会の提案した同委員会報告を審議した1999年度経済学部第13回教授会(2000年2月22日開催)において、採決前退席した教員が7名ある。
教授会の審議の過程で、2科目で公募したのに、教授会に1科目のみの担当教 授として適任である旨、つまり1科目で採用するとしたことについての社会に 対する不公平性も問題になっていたが、退席者が投票を拒否した理由は、議事 録に明記されている(疏乙13号証)。
その要点を述べれば次のとおりである。

@ 選考委員会の提案(報告)は明らかに料目不適合であるにもかかわらず、 まさに多数によるゴリ押しである。委員会の多数でもって主査に候補者の 業績評価をさせないのは、きわめて不当であること、委員会において委員 会の多数から主査に対して、再三再四しつこく主査を降りれとか、副査の 作成した重大な問題の多い業績評価書に連名せよと強要されたが、これら は社会通念上許されるべきことではないこと、副査作成の業績評価書には 重大な問題点が多く、教授会構成員を錯誤に陥らせる危険性があること
A 選考委員会は、人事任命権者から教授会につき付託された人事案件の選 考審査に誠実に対応しなければならない責務があるのに、これにこたえて おらず、委員会を信任できないこと
B 人事が教授会に任せられていることには、暗黙の前提がある。それは誠 実ということであるが、今回のこの人事は、この前提条件に欠けること

当日の出席者39名の中、7名が理由を明示して退席した本件の場合、採決を行うことは教授会の独立性、中立性、学問の自律性にもとづく専門性を強調す る以上行うべきではないと判断するのが相当である。これを強行したことは、大学の自治、教授会の自治の自殺行為と言うべきであって、原決定は、懲戒解雇が企業に関して企業秩序を維持するため、これに違反した制裁であることを明記しているが、本件処分は、大学秩序の要である大学自治を侵害する教員選考人事の不正に係わる以上、原決定はこの点につき判断を誤ったと言わざるを得ない。
2 (原決定の矛盾1)
原決定は、本件教授会において債権者田尻が、**候補者を「労使関係論」の教授として推薦したこと(乙7号証1 本件選考委員会報告書にこのこと明記)につき、次のように判示されている。
即ち、@原口主査以外の委員が**候補者について人事管理論の教授とし ても適合性があると考えていたのであれば、その趣旨の報告をすべきであ り、**候補者の人事管理論についての科目適合性を明らかにしなかった のは不十分なものであったことは否めない(仮処分決定17頁7行以下〜10行)、然し、A本件教授会において、原口主査から反対意見の陳述が 予定されており、実際にそのような結果になったこと(同16頁10行〜12行)、そしてB上記のこと等に照らせば、懲戒事由としての本件就業規則の38条2号に該当するとまでは認められない。
上記仮処分決定の判示は、その意味を文言上理解できない。(理由不備か理由齟齬)
選考委員会の専門委員、委員長としての職務を誠実に遂行したとは到底理解で きない。このことは仮処分決定の上記判示自体から明かである。
3 (原決定の矛盾2)
更に上記仮処分決定判示は、本件教員選考委員会の審査につき、本件公募人事が担当科目を「人事管理論および労使関係論」として公募されたことを争のな い事実として認定されている(仮処分決定3頁)のに、選考委員会の教授会に対する報告書(乙7号証の1)には、上記のとおり債権者田尻が委員長として 「労使関係論」の教授に推薦すると原決定は事実認定されている。即ち、担当科目を1科目のみに絞って選考したこと、そして「労使関係論」の教授として推薦するとの委員会報告書を作成し、副査が作成した同旨の業績評価書(乙11号証)を添えて教授会に提案し報告していることにつき、何の説示も判断も示されていない。
上記の点は、当事者双方が主張した争点を意識的に除外した事実認定と言うべ きである。
本件教員選考委員会の委員である、債権者田尻、同馬頭等が誠実に選考委員と しての職責を遂行したとは言うことは出来ない。
4 (原口主査の反対意見表明は十分になされたか、妨害は)
教授会において、原口主査の反対意見の陳述が予定されていたとの仮処分決定判示部分は全く理解できない。
誰が主査の意見陳述を予定していたというのであろうか。又、主査の反対意見は尤もなものと認めていたということなのであろうか。
主査の反対意見が予定されていたのであれば、それに対する反論を事前に資料として教授会に提出しておかなければ、議論を十分に尽し、教授会構成員に理解させることは困難ではなかろうか。
又、この仮処分決定判示の予定されていたとは、教授会開催前、田尻委員長が八尾経済学部長に選考委員会報告を議案として提案することを申出た際、委員会審議の経過(殊に主査の反対)を述べ、主査報告を予定していたというので あれば問題である。
5 (教授会「多数決」票の問題点)
本件教授会の投票結果は疎乙13号証によれば、投票数32、賛成17、反対7、白票7、無効票1(退席者7名)というのであるから、規程により、白票、無効票は投票数から除外されるので、32−(7+1)=24が有効投票で、その24の3分の2は15.9、即ち16票で賛成17票であるから、委員会報告どおりの提案が可決されたと仮処分決定判示のとおりの理解でよいであろうか。差は僅少で、このことは当然審議が紛糾したことから予想されていたことではなかろうか。
八尾経済学部長において、本件教授会運営、本件教員選考委員会の選考につき誠実にその職責を遂行し、誤ないというのであれば、教授会自治こそ大学の自治の根源であり、学問自由の担保という崇高な理念を実現するため、後述する行動をとるべきことがその職責ではなかろうか。
即ち経済学部長である債権者八尾は、学長に対し教授会の議決の実行を強く求めるベきである。この行動に出なかったことは、自らの誤を自認していたからに外ならない。
6 (債権者八尾の本件以外の恣意的教授会運営)
ところで、債権者八尾については、平成11年12月15日開催の平成11年度第10回経済学部教授会において罷免要求動議が提出されたことがある(疏乙35号証)。
(イ)平成11年6月16日の経済学部教授会において、債権者八尾学部長より 下記のような説明と提案があった。即ち、津曲理事長から学長に対して、本 学園の短大の教員をできるだけ本大学で採用することを検討してもらいたいという要請があり、これを受けて菱山学長から「経済学」、「情報経済学」、「憲法」について債務者学園短大に限定した教員選考を行ってもらいたいという説明があり、上記理由から、「経済学」、「情報経済学」について、同短大から候補者を推薦してもらい、教員選考委員会を設置して検討したいという提案である。
(ロ)審議の結果、上記学部長提案が了承され、「経済学」、「情報経済学」についてそれぞれの教員選考委員会が設置され、選考が行われた。その結果、 「情報経済学」は科目不適合で不採用となった(委員全員一致)。
ところが、「経済学」の選考は非常に紛糾し、教授会審議による決着まで6ヵ月を要した。選考委員は、専門委員が八尾、有山(近代経済学)、一般委員が衣川(金融論担当)、黒瀬(経営史)、飯田(英語)であり、主査は八尾、副査は有山、委員長は飯田が選ばれた。
債権者八尾は理事長の要請であり、短大学長の推薦であるとして、対象候補者を採用すべきことを強調した。
この「経済学」は、もともと近代経済学の後任人事の性格もあったことから、教員選考委員会では、マルクス経済学専攻の候補者の業績評価について意見の対立があった。尚審議中、副査が白票を入れたい旨の発言を行った。教員選考委員会の投票結果は、賛成3、反対1、白票1となり、3分の2以上の賛成が得られず、不採用になった。
(ハ)選考委員会の上記の結果は、速やかに教授会に報告すべきである。ところが、八尾学部長はこれに反して、経済学科長と経営学科長に相談し、選考対象者を採用する道を模索した。これは異例のことであったので、教授会では、八尾学部長の行動は問題だという指摘がなされた。
教授会で、八尾学部長は何回も、この案件は理事長の要請であり、短大学長の推薦であるため採用すベきだと主張した。しかし、選考委員会の結論を覆すことはできず、不採用と決まった。
(ニ)八尾学部長は、教授会の席上で、委員の1人が不正な選考を行ったために、この人事案件が不採用になったと述べた、そこで、選考委員の1人が、八尾学部長の専断的な教授会運営につき、上記八尾学部長罷免動議(疏乙94号証)を出したのである。
(ホ)このような八尾学部長の教授会運営ぶり、なかんづく本学として前例のない学部長罷免動議の提出などを勘案すると、八尾氏が教授会員のコンセンサスを得て、その職務を公正にかつ誠実に行ったとは到底考えられない。

六 (選考委員会の選考、審議の不公平、不正)
1 選考委員会の開催中、大声で怒鳴る異常な状態があったことが審議室外で確認されている。仮処分決定も、委員会審議で田尻委員長、馬頭副査が大声を出した事実を認定されている。
原口主査上申書の記述に鑑み、又教授会退席者6名の上申書に照らして、このことは看過できないことである。
2 債務者大学教員選考規程には、選考の方針として次のように明記されている。大学における教員の選考は、建学の精神に則り、広く人材を求める方針の下に学問の自由と社会的責任を潔く自覚する者の中から、教員選考基準の定める該当者につき公平な手続を経て行われなければならない(硫甲4号証第1条)。
尚、選考基準により教育業績、学会及び社会における活動等を考慮して行うことを定めている(同第4条)。
又、研究業績につき審査資料の基準として、著書、論文、報告書の発表回数は原則として、助教授にあっては5以上、教授にあってはさらに5以上とすると定めている(同第9条)。
審査は、本人提出の資料によって作成された選考調査書により、選考基準にてらして行う旨定めている(同第12条)。
以上の大学の定める規程にてらし、本件選考委員会の委員が誠実にその職責を遂行したとは断じて言うことができない。
3 仮処分決定では、平成12年2月22日開催の平成11年度経済学部第13回教授会において、教員選考委員会提案の「採用人事について」が議題とされ、田尻委員長から選考経過報告がされた後、馬頭副査から候補者の業績評価報告がされた。いずれも候補者が「労使関係論」の教授として適任であるというものであった。
その後、原口主査が資料を配布した上で、候補者は人事管理論及び労使関係論の教授又は助教授として不適格である旨主張した。長時間にわたる議論の末、原口教授を含む7名の教授及び助教授が退席した後に投票が行われ、その結果は、投票総数32中、委員会提案に賛成17、反対7、白票7、無効1であった(乙7−1、乙9−13)こと、この結果、委員会提案を承認するものであるとして、学部長から学長(菱山泉)に対して候補者を採用すべきである旨の要請がされたこと、しかし、平成12年3月16日、本件採用人事について、@委員会の運営と結論に疑義がある、A副査の評価をもって委員会の結論が示されており、主査の意見が捨象されている、B主査が配布した資料によれば、委員長らが主査に辞任や副査の報告書への連名を迫ったということである、C学長への相談なしに「労使関係論」に絞った審査をしたのは不当である、D投票前に委員会内の少数意見の開陳も認めたというが、主査・副査の意見が分かれているのに教授会での投票に踏み切ったのは早計である、として、理事長の承諾を得て、同月13日付で理事長と学長の連名により候補者に対し、貴意に沿うことができなかった旨の文書を送付したこと、今後の措置として、理事長学長宛に原口主査の上申書と退席した6名の上申書が提出されていることから、本件について理事長の下に外部の大学人を複数入れた調査委員会を設けたいこと等を内容とする学長所見が示され、これは同月24日開催の平成11年度経済学部第17回教授会において、学部長を通じて発表された(乙14)。
以上の事実が認定なされている(仮処分決定5頁〜6頁)。
原決定は、債権者馬頭につき、**候補者が「労使関係論」の担当教授に適任であるとする内容の研究業績評価書を作成したことが認められること、この点は上記債権者田尻と同様、不十分な評価書となっているが、当初の債権者馬頭作成の原案から、委員会の意見で「人事管理論」の記載が削除されたものであること、本件教授会において、原口主査から反対意見の陳述が予定されており、実際にそのような結果となったこと等に照らせば、本件就業規則38条2号に該当するとまでは認められず、同条1号に該当しないことは明かである旨判示されている。(仮処分決定17頁)
4 然し上記判示は、債権者田尻の決定理由と同様、理由としてその記載の意味を理解できないばかりか、理由不備であること既記のとおりである。
原決定では、第7回委員会(1999年2月8日)において田尻委員長作成の報告書原案について候補者を「労使関係論」の教授として推薦する旨の記載があったこと、馬頭副査作成の業績評価書原案について候補者が本件大学の「労使関係論」「人事管理論」の担当教授に適任である旨の記載があったため、上記委員長報告書との整合性から「人事管理論」が削除されたことが事実認定されている(仮処分決定15頁)のであるが、馬頭副査作成の乙11号証業績評 価書の原案は、労使関係論の評価についても極めて不十分であるばかりか、まして人事管理論の業績評価はまったくなされていない。
又、同乙11号証は、原口主査作成の業績評価書に対する主張を反論し、これを否定したものとも認められない。

七 (大学院、新学部設置等大学改革と債権者八尾)
債権者八尾の本件懲戒に関連のある大学院開設準備委員会、新学部開設準備委員会について、原仮処分決定は、決定書の6頁から8頁にかけ、大学改革問題の事実経過として下記のように事実認定されている。即ち、
1 菱山泉は、平成8年4月、本件大学の学長に就任して、大学院設置と新学部開設に向けての準備に着手し、大学院に関しては、平成8年10月19日、福井県立大学大学院の伊東光晴教授外8名を委員として、第1回「鹿児島経済大学大学院開設準備委員会」を開催し、平成10年12月5日まで、計10回委員会を開催し、その審議に基づき、文部省に対し、平成10年6月25日、申請書類が提出され、一部補正の上、同年12月22日、文部省から認可の通達があり、平成11年4月1日から、大学院経済学研究科修士課程が発足したこと
2 又、新学部開設については、平成8年11月30日、学長を委員長として計13名を委員として、第1回「鹿児島経済大学新学部開設準備委員会」が開催され、平成11年12月18日まで、計11回委員会が開催された。その審議に基づき、文部省に対し、平成10年9月25日に第一次設置申請が、平成11年6月24日に第二次設置申請がされ、同年12月22日、文部省から新学部の設置認可の通達があり、平成12年4月1日から国際文化学部が発足したことをそれぞれ認定されている。
3 そして債権者八尾は、任期途中で辞任した長尾則久教授の後を受けて、平成9年4月1日、本件大学の経済学部長に就任し、上記の大学院開設準備委員会及び新学部開設準備委員会の各委員となり、いずれの委員会についても第3回以降の委員会審議に加わったというのである。
4 (上記大学の改革の流れにつき−疏乙51号証)
イ ところで、1956年に文部省令として制定・公布された「大学設置基準」は、学部・学科の組織、教育課程、教員組織、施設設備等についての基準を定め、大学のあり方を厳しく規制してきたが、1991(平成3)年にこれが大改正された。すなわち、大学設置基準の大網化がなされ、基準の大幅な緩和、弾力化がなされたのである。平成3年2月3日付け「大学審議会答申」には、次のように記載されている。
「大学教育改善への努力を促進するためには、我が国の大学教育の枠組みを規定している大学設置基準を可能な限り大綱化し、個々の大学がそれぞれの理念・目的に基づき、自由かつ多様な形態で教育を実施し得るようにする必要がある。大学として共通に備える必要がある基本的な枠組み以外の事項については、法的規制は行わず、各大学が学則等において自主的に定め得るようにすることが望ましい。」
ロ このような基本精神に基づいて従来の設置基準が見直されたのであるが、特に、大学の教育課程が一般教育と専門教育に二分され、さらに―般教育が人文・社会・自然の三分野に分かたれ、外国語・保健体育科目を必修としてきたことなど、細部にわたって学部教育の体系をしばってきたことは、大学教育の画一化を招くものとして批判された。その結果、一般教育と専門教育との区分や特定科目の必修枠も廃止され、各大学はそれぞれ独自のカリキュラムを編成できるようになった。これにより、教養部の廃止、大学教育の多様化、個性化が急速に進み始めた。
他方、設置基準の大綱化を提言した大学審議会は同時に、「大綱化によって、大学の水準の低下や大学らしからぬ大学の出現を懸念する指摘」(同上「大学審議会答申」より)に対応するために、「各大学自身による自己点検・評価」が必要であるとの提言を行った。かくして、設置基準の弾力化・大綱化と、それに伴う自己点検・評価作業は、いわゆる大学改革の大波として日本中の大学に波及していくことになる。設置基準の大綱化は大学改革を大いに促進させた。
ハ しかし、債務者大学の改革は設置基準の大綱化に即座に対応するものではなく、しばらく他大学の状況を静観する「模様ながめ」に落ち着いていたと言える。社会学部が増設されたのは1982(昭和57)年4月であるが、それ以来17年間(1999年に大学院「経済学研究科」が新設されるまで) 実質的な改革は何もなされなかったに等しい。
その間、新学部や大学院の設置について教授会等での検討が一応なされてはいたが、それを実現にまで導くだけの強いリーダーシップが欠けており、そのために、何らかの改革案を具体化しようとする声も、改革に真摯に取り組もうする雰囲気もなかった。
ニ 平成6年に着任した平田清明学長は、神奈川大学副学長から本学学長に迎えられたのであるが、前任校(神奈川大学)の改革進捗状況に比ベて、本学の改革があまりにも遅れていることを強く慨嘆され、5月25日の評議会に、次のような内容の改革構想案を提示された。(疏乙52)
    教学改革に関する学長構想(案)
1.大学の基本理念・目的と将来計画
   2.自己点検・評価の推進
   3.教学改革の推進 −教育研究活勤の充実−
   4.国際交流の推進
   5.生涯学習機関としての編成
   6.大学院研究科の設置
   7.学部の新設
   8.学内諸規程の準備・改善
   9.諸施設・設備の整備
   10.その他
そして、全学的な組織として「教学改革合同委員会」を設け、そこにおける検討を通じて、シラバスの作成、自己点検・評価作業の実施、外国語教育やコアシステム(共通テーマ科目)に関するカリキュラムの一部改正などを実現するところにまで導かれた。まさに平田学長のリードのもと、本学の改革はようやくその緒についたのである。
平田学長は教授会に「教学改革大綱(案)」を提示するのみならず、教育職員・事務職員の全員を対象とする説明会を図書館4階の視聴覚ホールで実施された。
ホ ところが、平成7年3月1日、平田学長が急逝され、急遽、学長業務の重責を担うことになったのは林和弘社会学部長である。林教授は「学長事務取扱」に任命され、次の学長を迎えるまでの13ヶ月月、学長職と社会学部長とを兼務するというハードな役職に当たり、まさに粉骨砕身された。社会学部長としては、本学の同一学園姉妹校である鹿児島高校に対する「特別指定校制度」や、新入生全員に対するパソコン購入と情報教育の実施など、教学面での先進的な取り組みをリードされた。また、本学の最初の自己点検・評価書である『鹿児島経済大学 現状と課題 Self−Study』を平成7年11月に発行された。
かくして、平田学長の教学改革への熱烈なる遺志は、林学長事務取扱の献身的な尽力を経て継承され、菱山学長へと受け継がれた。
ヘ 菱山泉新学長は、平田清明氏の後継者として、平成8年4月に本学に就任した。そして、前学長が提示した「鹿児島経済大学教学改革大綱(案)」を子細に吟味し、その路線を基本的に踏襲することを決定された。着任後まもなくして、「大学院および新学部の設置」という計画を発表し、本学永年の課題に積極的に取り組む決意を表明され、その計画を実行すべく、上記原決定認定のとおり「大学院開設準備委員会」と「新学部開設準備委員会」が発足した。
上記開設準備委員会はいずれも、学部教授会や評議会のもとにではなく、学校法人津曲学園理事会のもとに置かれ、学外有識者をも委員に加えている。
5 (八尾経済学部長の行動、教授会の改革反対につき)
イ 債務者大学の「大学院基本構想」(疏乙53)が平成9年7月に、「新学部基本構想」(疏乙55)が同年11月に発表された。大学院や新学部を開設するための準備委員会が理事会のもとに置かれ、学外者を加えての検討がなされたのは、菱山学長の卓見・英断による。大学改革のような事業(疏乙54)は、教学に大きな責任を負う学部教授会や大学評議会の主体的審議によってなされるのが望ましいのであるが、教授会を主体とする審議は形式的・表面的なものに流れ、大胆な着想を実現するダイナミズムに欠ける嫌いがある。なぜなら、教学改革は常に教育課程を担う個々の教員の利害と密接に関連しており、自らの不利に傾くような改革には反対するという傾向があるからである。
教授会主導型の改革が表面的なものにとどまり実質性を伴わないということは、現在でこそ一般に認知される常識的見解となっており、古き教授会自治の体質を脱却することが、わが国大学教育の必須の課題となっているが、そのためには膨大なエネルギーを費やす闘いが必要である。
本学のように、大学改革の波に乗り遅れ、先に走り出した改革列車を追いかけていくような状況のなかでは、短時間に効率よく審議し、大胆な改革を実現するために、理事会主導型の準備委員会を設けることがベストな方策であった。もちろん教授会や評議会にも準備委員会の審議状況を報告し、そこから出される有意義な意見を採用しつつ、あくまでも全国的な視野あるいは国際的な視野のもとに、本学の人的資源や施設・設備等を最大限有効活用しうるような、現実的構想を練り上げるということがなされた。このようにして、すでに走り出していた大学改革列車に飛び乗ることに辛うじて成功した。
ロ 学長の強力なリーダーシップのもと、最初の大学院「経済学研究科(地域経済政策専攻)」は平成11年4月に発足した。新学部として構想された国際文化学部は、文部省による2年審査を経て、平成12年4月に発足した。そして、同時に「鹿児島経済大学」を「鹿児島国際大学」として改めた。
ハ 次に、学園としての生き残り策が新学部の設置のみで十分であるはずはなく、学園としては直ちに次の難題に取りかからねばならなかった。何よりも短期大学の抜本的改革が焦眉の課題で、少子化の波と、それに対応する各大学の改革が競争激化の前に、少しでも早く合理的な改組転換を成し遂げなければならないという状況であった。
理事会はこの難題を解決するために、短大改組を社会学部の改組と連動させて行うという基本方針を打出し、すなわち、「学校法人津曲学園鹿児島短期大学・鹿児島経済大学社会学部改組準備委員会」を設置し、社会学部と短大から代表者が出るとともに、学外からの有識者をも加えて、それぞれの立場から最も適切な改革構想について意見を出し合うという方法をとり、1998(平成10)年5月9日に第1回委員会が開催され、委員会は計6回(第6回は平成12年5月20日に)開催された。
そして多くの課題を総合的に解決することを目指して、多面的な視野から検討を続けた結論を踏まえ、大学と短期大学とを連関させて行った、上記のような多面的改組・改革により短期大学の危機的状況はひとまず回避されたのである。
以上の改革により、社会学部は福祉社会学部へと脱皮し、現代社会学科、社会福祉学科、児童学科の三学科を擁する大きな学部となったのであるが、それと同時に福祉社会学部で進めていた「大学院の設置」は、平成13年4月(上記の学部名称の変更等の改組と同時に)大学院「福祉社会学研究科(社会福祉学専攻)」として発足した。
ニ 平田学長構想案の第8に「学内諸規程の整備・改善」が掲記されている。現学長はこの学則問題への対応に非常に難渋された。債務者大学は、長期間、経済学部のみの単科大学であり、単科大学に相応した学則規程があったのであるが、昭和57年に社会学部が増設され、複数学部を有する総合大学へと変化した際にも、従来の学則の根幹はそのまま踏襲され、総合大学にふさわしい形での学則変更がなされなかった。そのため、合議体としての手続にゆゆしい難点を残したまま、二学部体制が運営されてきた。
そのことから次のような問題があった。
@ 複数学部を擁する総合大学の審議機関として大学全体の基本的方針を決定すべき「大学評議会」が実質的な権限を持ちえなかったこと
A 単科大学ならば最高決議機関でありえた教授会が、複数学部体制でも相変わらずその権限を保持する学則条項となっていたために、特定学部の教授会が他学部や大学院などにかかわる問題にも容喙する余地を残すこととなってしまったこと
単科大学の場合、学部の問題がそのまま大学全体の問題でもあるから、あらゆる問題が教授会の議によって決定することができた。そこでは、学長が教授会の議長となるので、決定された事項に学長が責任を負うことができる。しかし、複数の学部を擁する大学では、学部教授会は学部長が議長となり、学長は大学評議会の議長となる。したがって、大学全体の基本的方針に関する事項は評議会で決定されなければならない。そうでなければ、学長は大学全体について責任を負うことができないはずである。
ところが、債務者大学では、社会学部が増設された後も教授会が大学全体の事柄に決定権を持つという体制が保持されたままであったために、二つの学部教授会のうちいずれかが反対すればその議案は承認されず、評議会には、「両学部の調整機関」としての位置づけだけが与えられ、いずれかの教授会が反対すれば、これを覆す権能はないということになった。
ホ 2000(平成12)年2月7日付菱山学長の「評議会規定改正に関する学長見解」(疎乙93)は、上記のごとき債務者大学の学則の問題点を指摘したものである。
即ち、評議会構成員について不備であった学則条項の改正案を2000(平成12)年1月17日の大学評議会に提案したところ、当時の経済学部長と社会学部長の双方から、「教授会に経過報告をしたうえで、次回評議会で再審議してほしい」との要望が出された。そして2日後の教授会では「学則の改正は教授会の協議事項であって、報告事項ではない」という多数の意見があり、経済学部教授会ではその場で協議事項に変更して審議された。その意見の論拠が「学則及び諸規定の制定、改廃に関する事項」が教授会の協議事項とされているということにあったことは言うまでもない。これに対して学長は、その学則自体に問題があることを指摘し、上記見解を発表されたのである。その中で、「綜合大学における1学部『教授会』は、無限定にあらゆる学則・規定の改正等に関わるものではなく、それのうち当該学部に直接関係する部面に関与するものと解釈しなければならない」「客観的に見ると、こうした『学則条項』の存続が、一学部の教授会が、大学全体のすべての学則・諸規定の改廃等に無限定に介入する法的根拠(?)を与えるとともに、昭和57(1982)年以来、今日に至るまで、かつての単科大学における『教授会』の行動様式を存続させたかに見える原因のひとつになったように思う」「大学評議会は各部局の代表者からなり、学長を議長とする全学的な見地に立つ自律的合議体である。したがって、自らの行動規範を成文化した評議会規定を改正する当事者は、評議会それ自体を措いて他にはない」「なすべきことは、ただひとつ。現行の『学則』とくに教授会規定を綜合大学の実情に合うように早急に改正すべきである」等と述べられた。
一学部の教授会で多数派を構成することができれば、大学のすべての事柄は、その教授会が承認しない限り決定されないという事態を招来し、綜合大学の場合、問題である。単科大学であれば、教授会が最高決議機関であることにも応分の理があると言えるのであるが、実はこれすらも現在では必ずしも妥当な見解であるとは言えない。なぜなら、教授会は教員だけから成る審議機関であるが、大学の運営にかかわるのは決して教員だけではないからである。大学運営を実質的に担うのは、審議機関ではなくむしろ執行機関であり、教授会が何を決定しても、それを執行する条件・設備・機動力等がなければ机 上の空論である。
へ 平成10年10月26日大学審議会答申では、「本来執行機関が行うべき大学運営に関する事項や執行の細目にわたる事項についても学部教授会の審議や了解を得なければならない」というような運用の実態が、日本の大学には多々見られる。そのために、大学審議会では「執行機関と審議機関との関係については、審議機関は、教育研究あるいは運営の重要事項について基本方針を審議することが適当である。一方、執行機関は、教育研究上の課題についての企画立案や関係者の意見の総合調整を行い、円滑で充実した運営を行うことが求められる。また、執行機関は、重要事項については審議機関の意見を聞きつつ、最終的に自らの判断と責任で運営を行うことが適当である」と述べて、審議機関と執行機関との機能分担を提言している。これは、日本の大学が教授会偏重の悪弊のなかで機能不全を起こしているとの見地にたってなされた提言である。
大学審議会答申は、評議会は、「学長の諮問に応じ、学則その他重要な規則の制定改廃、予算概算の方針、学部等の教育研究組織や重要な施設の設置改廃に関する事項などの大学の運営に関する重要事項を審議すること」とし、「学部教授会は、学部の教育研究に関する重要事項について、具体的には、学部の教育課程の編成、学生の入学、退学、卒業、学位の授与などについて審議する機能を担うことが適当である」と述べ、「審議機関相互の関係としては、全学的な重要事項については、関係の学部教授会の意見を参考としつつ、評議会等の全学的審議機関において審議するものである」と明示している。
ト 債務者大学では、教授会自治や学部自治を唱える多くの教員が、「何であれ教授会で決めることこそが民主的である」と称して、大学改革が進まなかった経緯がある。国際文化学部の新設に対しは、「既存学部の一般教育担当教員の新学部への異動を含む案である」ということを理由に、すでに文部省に新学部の認可申請をしている段階であるにもかかわらず、教授会で協議し、投票で反対決議を表明した。債務者大学のような私立大学において、本来理事会事項である学部設置案件に教授会が反対決議を行い、その結果につき学部長をはじめ、何人も責任を負う者はいないとすれば、状況は深刻である。このような態度を「民主的」と称するのは、常軌を逸しており、問題と言わざるを得ない。
チ 上記のような異常事態を解消するためには、上記「学長見解」にあるように、総合大学の実情に合うように学則を改正する以外に道はない。
ところで、この作業を教授会の協議にゆだねることは、大学審議会答申で危惧されるように現実的でなく、又合理的ではない。教授会の権限を縮小するような学則改正に、教授会自体が真剣に取り組むはずはないからである。債務者大学では、学園全体で取り組むこととし、「学校法人津曲学園鹿児島国際大学学則及び諸規程検討委員会」を設け、評議会構成メンバーを主体としつつ、学長を委員長とする学園理事長や学園事務局長をも含めた委員会で審議し、大学事務局長を主催者とする各部局教授会の代表者からなる小委員会(作業部会)を介して、教授会の意見を随時集約しながら、最終的には理事会で決定承認するという方法をとった。そして、平成12年度から平成13年度にかけて集中的に行い、その結果、学則はもちろん、教員選考規程をはじめとする重要な諸規程はすべて改正された。その改正の精神は、「学則や諸規程の制定・改廃事項は教授会から評議会へ移すこと」「教授会、評議会等の諸審議機関の権限範囲を明示し、教学に関わる大学評議会と経営に関わる理事会との機能分担を明かにすること」「弾力的・機能的な全学的対応を可能とするような内容とすること」などである。

八 (結)
原仮処分決定(18頁)は、上記の平田前学長以来進められていた大学改革に対する国内他大学の取組みと、これに対する対応をめぐる時代の流れを正解されたとは理解し難い。そして又、上記大学院開設準備委員会や新学部開設準備委員会での債権者八尾の行動及びその意図を正しく判断されたものとは言えない。
原決定は、債権者八尾の行った方法等についていささか社会的相当性を欠いている面を否めないとされているが、上記のような大学改革に向けて債務者大学担当職員全員が一丸となって努力している最中のことであって、このことに配慮されず行われた判断の誤は誠に重大である。
八 (予備的解雇通知)
債務者大学は、債権者3名につき本件懲戒退職処分を行った際、処分通知書に論旨退職とする道を用意したにもかかわらず、3名共処分を争って本件仮処分を申請した。そこで、債務者大学は、本件懲戒処分の有効性を確信しているが、仮処分につき決定があり、本件決定も踏まえた上、念のため予備的に解雇通知をした。上記通知書は、債権者3名に対し何れも平成14年10月26日送達された。
上記通知は、本案訴訟で前記懲戒退職処分が無効と判断されることを条件とする予備的主張であって、解雇無効の本案判決が出るまでは法的には前記懲戒退職処分は有効なものとして存在し機能していることは言うまでもない。
添付書類
委任状     2
資格証明   1
疏乙93号証  平成12年2月7日付評議会規定改正に関する学長見解
硫乙94号証  平成11年12月15日付罷免動議
疏乙95号証1 田尻 利 宛平成14年10月25日付通知書
〃  2 同配達証明
疏乙96号証1 馬頭忠治宛平成14年10月25日付通知書
〃  2 同配達証明
疎乙97号証1 八尾信光宛平成14年10月25日付通知書
〃  2 同配達証明

当 事 者 目 録


鹿児島市城西三丁目8番9号
     債務者・仮処分異議申立人  学 校 法 人 津 曲 学 園
         上記代表者理事 津  曲  貞  春

京都市中京区東洞院通夷川上ル
三本木五丁目478番地
上記代理人弁護士  金 井 塚      修

大阪市北区西天満1−7−4
協和中之島ビル403号
        同    弁護士  金 井 塚  康  弘

鹿児島市錦江台3丁目4番13号
         債権者・相手方  田   尻      利

鹿児島市下福元町5860番地1
債権者・相手方   馬   頭   忠   治

鹿児島市錦江台3丁目19番13号
債権者・相手方  八   尾   信   光