仮処分裁判 債権者側(三教授側)書面
 
準備書面(2002年8月29日)

 

 

 

 

 

平成14年(ヨ)第84号
債 権 者  田 尻  利 外2名
債 務 者  学 校 法 人 津曲学園


準 備 書 面

平成14年8月29日

鹿児島地方裁判所 御 中
債権者ら代理人

弁護士  増  田    博

 同   小  堀  清  直

 同   森    雅  美


債権者は、債務者提出の平成14年8月17日、同年8月19日の準備書面に対し、若干述べる。

1 債務者の主張について
債務者は債権者田尻、馬頭らが労使関係論だけ切り離して一科目だけで審査したということを断定し、また採 用候補者が科目不適格者であるということを一方的に決めつけた上ですべての論理を展開している。債権者田 尻や馬頭を含む選考委員会が採用候補者に関し、「人事管理論」、「労使関係論」の二科目についてその業績 及び研究に基づいて真剣な論議を尽くし、誠実に審査し、経歴及び業績の両面で最も優れた候補者を選出し、 教授会に推薦していることは証拠に基づいて詳細に明らかにしているので、この点についてとりわけ反論するこ とはない。
2 債務者の債権者らに対する解雇事由についても、馬頭に対する業績報告書の虚偽記載が処分の新たな事 由となっている点を除いて、従来とほぼ同様であるが、主要と思われる点について再度述べる。
 債務者は本件公募人事は委員会の審査経過並びにその結果に照らして著しい異常性が目立っているとし、 その理由として、@委員会における票決で否を表明したのが主査であること、A一人に絞った候補者の研究業 績評価書を副査が書いたこと、B公募科目「人事管理論および労使関係論」であるのに採用科目が「労使関係 論」になっており、それまでの本学の公募事例の全てに照らして極めて異例であること、Cこの人事案件につい て教授会の採決の直前に原口主査が委員会の提案の不当性を訴えて退席したこと、更に教員6名も委員会に 対する不信任を表明するなどして投票を拒否して退席したことが挙げられている。これが全体を貫く債務者の 主張の骨子と考えられる。
3(1) 先ず、過去の選考委員会においても主査の意見が採用されなかった例は 存在する。債務者は、主査が 反対すれば人事選考をそれ以上進めることができない明白な事態であるなどと主張しているが、主査一人の意 見により委員会や教授会が何らの結論を出せないということになれば、それ自体が異常なことであり、学内民 主主義は成り立たない。選考委員会においては委員の見解が異なることは当然ありうるから、3分の2以上の 議決によって定められ、その最終的な判断は教授会に委ねられているのである。
(2) 副査が候補者の研究業績評価書を作成したのは、主査が選考委員会の民主的な手続に従わなかったた めにやむをえなかったこと、委員会は原口主査に馬頭副査が書いた評価書に署名するように強要してなどいな いこと、主査として委員会の決定に即した評価書を書けないということであれば、独自の少数意見を付記した上 で連名してほしいと要請したが原口主査がこれに応じようとしなかったことについても既に詳しく述べた通りであ る。
(3) 選考委員会は「労使関係論」、「人事管理論」も担当可能として教授会に推薦したこと、委員長報告書では 当初このように記載されていたが、原口主査の意見を尊重して「労使関係論」、「人事管理論」の担当と記載し、 「人事管理論」担当可については口頭で報告することになったこと、教授会でも両科目担当可であるか否か議 論がなされ、両科目担当可とする委員会の結論を支持したことも証拠上明らかである。したがって、本件人事 が従来の公募人事に従ってなされていることは言うまでもない。
(4) 教授会において原口主査は教授会で書面を配布し、自己の見解を十分に述べ、他の教員も意見を表明し た。原口主査及びその他6名の教員は民主手続きに従わず退席したものであるが、その退席教員らの行為が 何故に正当で、真面目に議論して意見を表明した教員らの行為が誤りであるのか全く理解できない。因みに、 退席者が出るのは教授会では必ずしも異例ではない。仮に退席者があるからといって議長が票決をしないとす れば、それこそ議長の専断であって、教授会の民主主義を無視する越権行為であり、債務者の主張は明らか に常識に反していることも既に述べた通りである。
(5) 債務者によると、これまでの人事は全て公募科目と採用科目が一致しており、それらが齟齬しているのは今 回の人事だけであるとし、本件では「経営学科の業績が何一つない者を経営学科の教員として適任であると推 薦した」と非難している。しかし、この候補者が両科目を担当するにふさわしい業績のある研究者であったこと は、当該分野の代表的研究者の意見書でも認められているとおりである。本件では、公募科目は「人事管理 論・労使関係論」担当とされ、選考委員会は教授会に対し、両科目を担当できる教授として推薦しており、教授 会もこれを十分に議論して結論を出しているのであるから、債務者の述べるような齟齬は全くない。
4 本件処分の真相
(1) 債務者は学問の自由、大学の自治を尊重すべきこと、学問に関する考え方の相違があることも認めてい る。そうであれば、選考委員会が選考した候補者の業績が「人事管理論」、「労使関係論」に属するとの有力な 学問的見解がある以上、その見解の上に立って判断をした者に対し、自己の一方的な判断に反するとして懲 戒解雇をもって臨むことがいかに学問の自由を侵害するものであるかを理解すべきである。
(2) ところで、債務者は本件に関し、特定政治イデオロギ一集団の支配とか支持者による多数派工作などと全く 根拠がないことを主張し、債権者らの出身大学まで誹謗、中傷するに至っている。結局、本件の恐怖とも言える 処分の真相は、債務者の理出のない予測に基づく債権者らの思想、良心にあったという他はない。
(3) 債権者らは特定の政治イデオロギ一の下に多数者工作をしたことなど未だかつてない。 債務者大学の従 来の教員選考でも業績、 研究によってなされており、多様な考え方の教員が採用されている。本件において も、債権者田尻や馬頭らが選考委員としてどれ程真剣に討議して候補者の業績を判断しているかは債権者ら の陳述書にも詳細に述べられており、馬頭が虚偽の業績報告書など絶対に作成していないことも既に述べた 通りである(債務者は馬頭に対し、処分事由として虚偽報告書の作成を挙げていなかったが【答弁書】、今にな って再びこのことを持ち出してきた。しかし、馬頭の報告書のどこにも虚偽の記載などなく、債務者も具体的に 全く指摘していない)。
(4) 思想、良心の自由は憲法上保障された最も重要な権利である。殊に大学において思想・良心の自由は過 去の歴史からもとりわけ尊重されるべきであり、戦後民主化の中で全ての大学において保障され、学問の発展 につながってきたものである。債務者は、本件には何ら関係のないばかりか、根拠のない思想の問題を持ち出 し、債権者らの行為を非難することはまさに本件処分の本質が候補者選考の適格性に名をかりた思想・良心を 理由にするものであると言わざるを得ない。このような理由で大学教員が処分されるのは民主主義の死滅を意 味する。このような処分はどのような観点からも許されるものではない。