仮処分裁判 債権者側(三教授側)書面
 
準備書面(2002年6月03日)

 

 

 

 

 

平成14年(ヨ)第84号
 申 請人  田 尻  利 外2名
 被申請人  学校法人津曲学園


準 備 書 面

平成14年6月3日


鹿児島地方裁判所 御 中
申請人ら代理人

弁護士   増  田   博

同   小  堀  清  直

同   森     雅  美

一.申請人らは、本件申請の趣旨1、3項を次の通り整理し、第4項を追加する。
1 申請人らと被申請人との間に雇用契約上の地位があることを仮に定める。
3 被申請人は、申請人田尻に貸与している研究室(被申請人大学7号館518)、申請人馬頭に貸与している研 究室(被申請人大学7号館、502)、申請人八尾に貸与している研究室(被申請人大学7号館、514)を利用するこ とを妨害してはならない。
4 被申請人は、申請人らに対し、それぞれ教育研究費として毎月金7万2083円を仮に支払え。

二.懲戒解雇における教授会の審議の必要性
1 本件処分については、教授会の審議が必要であり、これを欠く本件懲戒解雇は効力がないことについては 既に述べたが、その理由を若干付加する。
 学校教育法第59条1項は「大学には重要な事項を審議するために教授会を置かなければならない」とされて いることについては既に述べた通りである。上記「重要な事項」には、大学の歴史的沿革及び「大学の自治」の 条項から少なくとも次のような事項が含まれると解されている。すなわち、(イ)学科課程に関すること、(ロ)学生 の入学試験及び卒業に関すること、(ハ)学位、称号に関すること、(ニ)教員の任免、その他人事に関するこ と、(ホ)学部内の規制に関すること、(へ)その他学長が諮問した事項である。上記諸権限のうち、(ニ)及び (ホ)は「大学の自治」の核心をなすものであることから、教特法によって具体的に法定、保障されている。教員 及び学部長の転任、降任及び免職、懲戒などの処分はいずれも人事に関する「重要な事項」であり、且つ不利 益的処分であるから、採用、昇任の如き利益的処分の場合より一層慎重な制度と手続きを必要とする。したが って、教員及び学部長に対する処分の「審査」はいずれも条理上、教授会が処分決定機関であることを黙示的 に前提としていることに注意を要するとされている(有倉遼吉編、新版教育法別冊法学セミナーNα33、基本法 コンメンタール)。
 なお、この点に関し、芦部信喜「憲法」(岩波書店)は大要次のように説明している。「学問研究は・‥自由な立 場で」行わなければならない。「学問の自由の実質的裏付けとしては、‥・研究者に職務上の独立を認め、その 身分を保障すること」が必要である。また、その「制度的保障」としては「大学の自治」が必要である。「大学にお ける研究教育の自由を十分に保障するためには、大学の内部行政に関しては大学の自主的な決定に任せる」 べきなのである。「大学の自治の内容として特に重要なものは・・・人事の自治」である。「学長・教授その他の研 究者の人事は、大学の自主的判断に基づいてなされなければならない」(同書134〜137頁)。
2 学則違背について
 仮に、本件懲戒解雇について教授会の審議が必要でないとしても、被申請人は自らの学則に違反しており、 いずれにしても手続上の違法があるものである。すなわち、学則によると被申請人に大学評議会が設置される ことになっている(同39条、乙第32号証の1)。同評議会は「教員の人事に関する事項」を協議すると定められて いる(同40条)。懲戒解雇のような重要な事項については教授会の審議が必要であると解すべきであるから、上 記「教員の人事に関する事項」の中に通常解雇や懲戒解雇のような重要な事実は含まれないと解するべきであ るが、仮に懲戒解雇について教授会の議決が必要でないとしても、同学則によって、少なくとも被申請人が上記 教員の人事に関する事項として懲戒解雇について評議会で協議する必要があると考えられる。しかし、本件に おいて、被申請人は申請人らの懲戒解雇については上記評議会で何ら審議していない。被申請人は、形式を 整えるために評議会のもとに調査委員会を設けているが、評議会では調査委員会の報告を聞いたにすぎない (乙第26、27号証)。
 したがって、評議会が協議事項として何ら審議をしていないのである。本件は、どのように考えても教授会の 審議も学則で定めた評議会の協議すら経ていないもので、手続違背が存在することは、もはや疑う余地はな い。
3 本件仮処分の必要性
(1)本件処分は適正手続きがなされていないこと、処分事由が全くないことについては詳しく述べた通りである。 本件において、被申請人は申請人らの選考委員会や教授会での言動等を問題にしているものの、要するに被 申請人の気に入らぬ候補者を適任として推薦したという理由で処分されたという大学では考えられない驚くべき ものであることも既に述べた通りである。しかも、その処分内容も常軌を逸したものである。本件処分は独裁者 による感情的な処分とも言える時代錯誤的なものであり、大学内では教員の間に恐怖政治であるという怯えや 萎縮が生じており、このような処分は大学の自治を保障する観点からも厳しく正されなければならない。
(2)申請人らは、長年の講義、ゼミ等により学生の信頼を得てきたが、本件処分によってこれが全て出来なくな り、大学内の立ち入りも禁止され、研究室に近寄ることも出来ず、研究費も支払われなくなり、研究の途も閉ざ されてしまった。大学の教員は、教育と研究という二様の任を担わなければならないことから、相当の研究費と 適切な広さの研究室を含む研究用施設設備が準備されなければならず、研究室は選任の教員に対して必ず 備えなければならない(大学設置準備及び文部省大学学術局解説)。そのようなことから、申請人らはそれぞれ 研究室及び年間の研究費が与えられることになっていた。
 申請人らにとって、研究室の使用及び研究費の支給は、その身分保全に欠かせないものとして必要性があ る。申請人八尾は留学することになっていたが、これも取り消された。申請人らが自己の研究に長年真剣に取 り組み、熱心に教授してきたことは申請人らの数多くの論文によっても明らかである。たまたま、選考委員会と して選任され、また経済学部長の地位にあったことから、その職務を自己の自由な判断により忠実に遂行した ことが懲戒解雇とされてしまったのである。このような処分はまさに前代未聞のことである。
(3) したがって、本件は単に一時的に申請人らの収入が保全されただけでは、真の救済にはならない。申請 人らは当然訴訟によって救済を求めるものであるが、地位が保全され、研究者に必要な研究室の使用が認め られなければ、仮処分の意味が半減する。したがって、違法性がきわめて大きい本件処分については、全てに ついて仮の救済が切に望まれるものである。
4 判例
 仮の地位等が認められた判例としては次のものが存在する。
(1)八代学院大学解雇事件(昭和54年3月22日神戸地裁決定、
                     昭和56年12月18日同地判決)
@ 事案は同大学教授が多数の休講を重ね、教授会に全く出席せず、入試の面接委員及び入試判定会議構 成員として職務を放棄し、出勤簿に3年以上も押印せず、出勤、退勤を明示せず、他の教職員との協調性に甚 だしく欠ける。学生の受講者皆無という関学以来の異常な状態となった、その他のいくつかの理由で通常解雇 されたものである。
A 同判例は学校教育法59条が国公私立を問わず、大学の重要事項を教授会の審議により実質的に決める ことを法定したのは、大学の自治を法律上保障したとし、同条に定められている「重要事項」には教員の任免に 関する事項が含まれるべきことは当然のことと判示すると共に、解雇には教授会の議決を当然必要とするとの 前提の下に、原則として教授会決議以外の解雇理由を理事長独自が付加することはできないとまで判示してい る。
(2)秋草学園解雇事件  浦和地裁川越支部(平成11年2月21日判決)
@ 事案は教授の経歴の不実記載(中央大学通信教育部のインストラクターの職にあったのを中央大学通信 教育部資格審査委員会の審議を経て講師に委嘱さると記載した)、学生、教職員に対する暴言、教授会におけ る侮辱的発言、教授会の退席等の職務放棄等を理由にした教授に対する通常解雇事件である。
A この件に閲し、学園は職員の解雇についてそれまでは教授会の議に付されることになっていたのを任用委 員会の審査だけで理事会が決定できるように職員任用規程を改正し、任用委員会の審査により解雇されてい る。判決はこの点にふれず、単に解雇事由がないとして解雇を無効とした。
(3)横浜女子短大解雇事件  横浜地裁(平成13年2月1日判決)
@ 事案はフランス語講座廃止に伴って、フランス琴の教授が通常解雇されたものである。
A 判決は教授会の審議を経るべきか否か、手続的にきわめて異常であると述べているが、その効力を判断 せず単に解雇事由はないとして解雇を無効とした。
(4)大垣女子短大解雇事件  岐阜地裁大垣支部(平成13年8月14日判決)
@ 事案は国際教養科の廃科に伴って、同教養科の助教授が通常解雇にされたものである。
A 判決は、「私立大学の場合であっても、憲法23条、学校教育法59条1項により、教員の解雇は教授会の審 議を経るべきであり、審議を経てい
 ない点で無効」と判示している。
(5)富士大学配置転換(助教授から事務職員へ)事件
                  盛岡地裁(平成1.4年4月12日決定)
@ 事案は同大学助教授が労働契約の内容に違背し、大学の指示した経済史の講義の内容、方法を取らず、 独自の講義内容を行い、自分の趣味の話を長々としたり、百科事典の経済史欄をコピーして学生に渡し、棒読 みするだけで、用語や概念の説明もなく、誤字、.誤読が多く、大学で教える講義内容とは到底思えないもので あり、学生がらも不満の声が出て、再三に注意をしたにも拘わらず応じなかったことから助教授から事務職貞 に配置転換したというものである。
A 裁判所は、上記のような配置転換はそもそも労働契約(教育職員)に違反するものとして無効とし、教育職 員としての地位研究室貸与請求をも認めた。
(6)解雇手続に閲し、教授会の審議が必要であるとした例は多数存在するが、以下の3点を掲げる。
@ 名城大学教授解雇事件(名古屋地裁昭和34年11月30日判決)
 そもそも被申請人大学において学則の規程の設けられる所以のものは憲法及び教育基本法に規程する「学 問の自由」に由来する大学の自治の原理に基づく。即ち学問の自由は本来学問的研究活動の自由言うもので あるが、その自由はその任命権者又は外部勢力による圧迫干渉を排除し、研究者の地位を保障するに非ざれ ばその全きを得ない。従って大学においては教員は研究活動の自由を保障されると共にその任免等の人事に ついても大学の自主性を尊重してその自治が認められているのである。それによって学問の自由とが高度に 維持されるのである。かくの如く大学自治の原理に基づき名城大学においても学則第十条は経営上の都合等 の理由により教授が免職する場合を除外しないことは自明の理であり、かかる理事会の窓意を排斥し教授の 地位ひいて学問の自由を護るためにこそ本条の存在理由があるのである。

A 前橋育英短期大学事件(前橋地裁昭和63年3月11日判決)
 被申請人が育英短大の教員を懲戒解雇するには、就業規則33条所定の懲戒事由が存じたとしても、学長が 上記懲戒につきこれを教授会に諮問し、その結論を所属長として理事会に内申し、理事会においては学園人 事委員会に諮問したうえでこれを審議し、理事長においてこれを決定することを要し、上記試問を受ける教授会 は、少なくとも学長、専任の教授、助教授、講師をもって構成されなければならないものと考えられる。
 憲法33条に保障する学問の自由は、その制度的基盤として大学の自治を包含するものであり、大学の自治 の1つの主要な柱が教授会の自治に存ずることは学校教育法59条等の規定により明白である。
 育英短大における前記諸規定中解雇に際して教授会の審議を要求した部分は上記大学の自治の保障を具 体化したものであって、この事続を怠った暇庇を軽視することは出来ず、個々の教授個人の意見を聴取したと しても、これが、会議体として要求されている教授会でないこと及び構成員である専任の助教授、寿助手の意 見を反映していないことの2点において、上記教授会の審議に代替するものとは考えられない。
B 西日本短期大学事件(福岡地裁平成4年9月9日判決)
 憲法23条が保障する学問の自由は、学問、研究の場としての大学の自治を密接不可能な制度として包含し、 学校教育法59条1項も、これを受け、「大学には、重要な事項を審議するために、教授会を置かなければならな い」と規定し、重要事項に関する教授会の審議権を認め、大学の自治を実質的に保障している。ところで、同法 は私立大学についても適用されるところ、真理探究の場としての大学において、上記探求に従事する大学教員 は、任命賢者の丁方的な判断によりその地位を奪われないという身分保障によって、はじめて研究活動の自由 を保障されるものであることからすると、教員の採用、解任、承認、降任等の人事は、学校教育法59条1項の 「重要な事項」に該当し、教授会の審議が必須の手続であるといわなければならない。教員の免職(解雇)に は、教授会の審議、決定が必要なのである。これは、憲法上の要請であり、学校教育法、教育公務員特例法 の定めるところである。