仮処分裁判 債権者側(三教授側)書面
 
準備書面(2002年4月30日)

 

 

 

 

 

平成14年(ヨ)第84号
 申 請 人  田 尻  利外名
 被申請人  学校法人津曲学園


準 備 書 面

平成14年4月30日

鹿児島地方裁判所 御 中

                   申請人ら代理人

                      弁護士 増  田     博

                      同 小  堀  清  直

第1 本件懲戒解雇について
 1 懲戒解雇処分は、職員にとっては死刑にも値する最も厳しい処分である。
  そのようなことから、処分理由は職員の犯罪、著しい職務解怠や違反がある場合などに限定されている。と ころが、本件のように、教員の採用審査をめぐって懲戒解雇がなされるというのは全国の大学でもおそらく前代 未聞のことであろう。本件処分が大学自治の原則にも反する著しい職権の濫用によってなされたものであるこ とは後述の通りである。
 2 被申請人の申請人田尻、馬頭に対する懲戒解雇理由は、教員選考委員会における同人らの発言や判断 が主に問題にされている。すなわち、田尻については採用候補者を可としたことに加え、選考委員会委員長とし て不適切な運営を行ったこと、馬頭については同じく採用候補者を可としたばかりか、副査でありながら虚偽の 業績評価書を作成したことが理由とされている。申請人八尾については、教授会における採用審査に関し議長 としての議事運営が強引であったということが主であり、学部新設等に伴う財政問題についての発言や信書等 が学内外の者に送られたという理由が付加されている。
 3 上記採用人事についての選考委員会の結論が出されたのは平成12年2月であり、教授会でこれが認めら れたのも同じ2月である。教授会で採用を可とされた候補者について、被申請人は選考委員会や教授会の決定 を無視し、上記候補者の採用を拒否した。
   被申請人はこれだけでは飽き足らず、2年も前の事実を取り上げ、候補者の採用を可とした教授を処分し たのである。うち申請人ら3名が最も厳しい本件懲戒解雇処分に付きれ、1名が減給処分とされた。上記候補者 を可とした1名も現在処分の対象とされている。
 4 被申請人によれば、要するに、「本来不適格であったにも拘わらず、そのような候補者を教授として採用を 可としたことが許せない」との判断の下に申請人らを処分したものであるから、これを貫くならば、教授会で採用 に賛成した教員は悉く懲戒処分に付きれなければならないことになる。
 5 本件処分が、およそ大学でなされたとは考えられない異常なものであることは、後述の通り、誰の目にも 明らかである。

第2 被申請人の本件懲戒解雇事由に関する認識
  被申請人は申請人らを懲戒解雇処分に付したが、真実は申請人らの行為が懲戒解雇に該当すると考えて いなかった。既に述べた通り、懲戒解雇は職員にとって死刑に匹敵するほど残酷なものであるから、これに値 する重大な事由と適正な手続がなければならない。被申請人は当然このような事由があることを前提として申 請人らを処分したはずであるが、何と申請人らに対し、解雇予告手当を支給しているのである。解雇予告手当 は、基本的には被解雇者本人に解雇理由がない場合に支払われるもので、懲戒解雇事由があるような場合、 このような手当てを支給する必要など全くない。被申請人の就業規則によっても、懲戒解雇の場合、「所轄労働 基準監督所長の認定を得て予告又は予告手当なしに直ちに解雇し退職金を支給しない」とされている(55条 (6))。したがって、被申請人が予告手当を支給したことは、本件懲戒解雇とはおよそ相容れないものであり、被 申請人が申請人らに対し懲戒解雇事由がないと考えたからに他ならない。そればかりではない。被申請人は懲 戒解雇をなした者に対し、任意退職を認め、退職金を支給するとしているのである。これら被申請人の行為は 懲戒解雇事由がないばかりか、解雇事由さえないことを自白しているに等しい。本件処分の異常さがここにも 現れている。

第3 本件処分とその根拠
 1 職員に対して処分がなされる場合、当然その根拠が明らかにされる必要がある。根拠もなく処分すること はできないからである。ところが、被申請人は申請人らに対し処分の根拠を全<示さなかったばかりか、申請人 らの行為は「就業規則に抵触するということではない」と繰り返した。勿論、申請人らの処分通知にも理由だけし か記載されておらず、就業規則上の根拠は示されていない。本件処分は根拠さえ明らかにされなかったのであ る。被申請人の答弁書によりその根拠が初めて明らかにされたが、こじつけの感を免れない。加えて、本件の 処分理由は殆どが被申請人の一方的な判断を基準にした感情的なものである。
 2 本件処分理由は、申請人らの委員会や教授会における言動と、同人らが候補者を適任と判断したことに 帰着するといってよい。
  被申請人が処分理由としている申請人らの選考委員会ないしは教授会における言動の内容については事 実と異なる部分が数多く存在するが、いずれにしても選考委員会における各委員は自己の学識、識見に基づ いて議論し、結論を出しているものであり、また、教授会においても同様である。しかるに、本件において被申請 人は議論の際の各人の意見を逐一取り上げ、気に入らない意見を述べたことを処分理由としている。これは明 らかに著しい職権の濫用であり、教授会及び大学自治の原則に反するものである。被申請人としては明確な根 拠を示し得なかったと言わざるをえない。しかも、「本件処分について教授会の承認がないことを認め」という被 申請人の主張は、自ら定めた被申請人寄附行為の第3条「この法人は教育基本法及び学校教育法に従い、学 校教育を行うことを目的とする」に違背するものである。
  以下、処分理由について検討する。

第4 被申請人大学の教員採用について
  本件処分の違法性を述べる前に、大学教員採用の経過について述べる。
 1 被申請人大学が教員を採用する場合、原則として公募の方法がとられてきた。応募者を審査するため に、各学部教授会は教員選考委員会を設け、その委員は教授会及び各学科会議で選任される。
  被申請人経済学部教授会は、それまで「人事管理論および労使関係論」を担当していた教員が他の大学に 転出したため、平成11年6月、「人事管理論および労使関係論」を担当できる教員(教授または助教授)を学 長の了解を得て経済学部の公募人事として新たに採用することにした。
 2 応募者が確定した同年10月、経済学部教授会学科会議は5名の委員(専門委員2名と各学科から3名) を選任して教員選考委員会を設けた。同委員会においては委員会内の協議により、委員長に申請人田尻、主 査に原口、副査に申請人馬頭の各教授が選任された。委員長は議事を主宰し、進行に務めるのが主な任務で ある。主査と副査は業績審査において主要な役割を果たし、採用候補者の業績評価報告書を作成して教授会 に報告する。副査が専門委員として業績評価書を作成し、主査が連名することもある。委員会は多様な分野を 専攻する多数の応募者の中から選考を進め、第3回委員会(同年12月)までに候補者を3名に絞り、その中か ら業績、経歴において抜群の実績があり、最も適正と判断された1名(○○大学○○)について面接をすること になった。「人事管理論」担当について主査が難色を示したため、経済学部内の昇格人事において科目担当に ついて問題が生じた場合、一致できる科目に結論づけるという方法が慣例としてあったことから、この方法の援 用を田尻が提案し、委員会全員の合意を得た。人事管理論の担当については、面接で担当の可否を本人に確 認するということになった。そして、平成12年1月、候補者の面接が行われた。
 第4回委員会(同1月)において、教員選考規程に従い、同候補者について委員会の投票が行われ、投票の 結果、「可」が4名、「否」が1名となった。投票後、主査が否を投じたことを表明したため、業績評価報告書の作 成を目的に、主査・副査において更に候補者の業績を検討することになった。
 3 同年1月か2月にかけて第5回から第8回の委員会が開かれ、議論が重ねられたが、見解の一致に至ら なかった。しかし、選考委員会は既に委員会の投票の結果3分の2以上の賛成があったことから、同候補者が 「労使関係論」担当教授として適格であり、「人事管理論」も担当可であるとの結論を出すに至った。
 ところで、主査は慣例に従って委員会の選考結果に添った報告書を書くべきところ、主査は自分は反対の立 場なので書けないと述べたため、やむをえず副査である馬頭が業績評価報告書をまとめて教授会に提案する ことが決定されたのである。
 4 上記選考委員会の提案を受け、教授会(平成12年2月22日)において審議がなされ、投票に入った。そ の結果、委員会の報告に対して賛成17、反対7、白票7、無効1(白票、無効票は「経済学部教授会申し合わ せ事項」により有効投票から除かれた)となった。有効投票総数24のうち賛成が3分の2以上を占めたため、 採用を可とする結論に至ったのである。同2月24日、経済学部長である八尾は学長に上記教授会の審議結果 を報告した。
  ところが、同2月24日、学長は学部長の報告半ばにして「否定的な見解」を示し、また、この委員会の委員 長や主査、副査から事情聴取もなく、更に、教授会にも図らずに3月16日、被申請人は採用候補者に対し、理 事長・学長名で不可の文書を送付した。
 5 これが本件の事実経過である。そこで、答弁書における申請人らの懲戒解雇事由について検討する。

第5 申請人田尻について
1 同人に対する解雇事由として、
@ 第一に、「田尻は選考委員会委員長として審査を主宰するにあたり、公募書類に記載された内容と異なる審 査方法を進めた。すなわち、公募書類は『人事管理論および労使関係論』と記載されていたのにも拘わらず、 『労使関係論』のみで審査を進めた。このような審査は大学の社会的信用を低下させ、名誉を傷つけるもので あり、要件を満たさないとして応募を諦めた者に対しても不公平な扱いとなり、大学自体が対外的に無責任とい う誹りを免れない」 とされている。
A しかしながら、上記のような事実は一切ない。
ア 田尻は選考委員長として、委員会において公募者に対し公募に記載された通り「人事管理論および労使関 係論」の教授として教授会への提案に値する人物であるか否かについて討議を進行させ、他の選考委員は自 己の識見に基づいて意見をのべこれを判断したものである。その結果、「人事管理論」については1名が疑問を 呈した(なお、「労使関係論」については全員一致であった)。こうして、前述の通り、選考委員会は最終的に候 補者に関し「労使関係論」の教授として可とし、「人事管理論」も担当可との意見を付して教授会にこれを提案し たのである。
イ その結論に至るまでには当然各委員の意見があり、活発な議論の上で 結論が出されることこそ学問の府 である大学の本旨である。その前提として当然議論は自由になされるべきであり議論の内容を取り上げ、これ を処分の対象とするなど、およそ大学として考えられないことである。
2@ 第二に、被申請人は田尻が不適切な委員会運営を行ったと述べ、その内容として「第3回委員会まで公 募科目採用候補者を1名に絞り、第4回委員会で候補者に面接の上で投票による採決を実施した結果、賛成4 名、反対1名となり、教員選考規程によれば採用を可とする結論となった」。
「かかる場合、委員長としては慣行としても規則に照らしても速やかに委員会の審議結果を教授会に報告し、 教授会の審議に委ねる手続きをとるべきところ、田尻は投票結果が全員一致でなかったこと、しかも反対票が 主査の票であったりその理由が科目適合性の点で不適格であるということであったからそのままこれを教授会 に報告すれば教授会が紛糾し採用候補者の採用が危うくなることを恐れ、主査の反対を覆す目的のもと、委員 会審議の継続再開に踏み切った」と述べている。
A 確かに4回委員会で採決をした結果、上記の通り賛成4名、反対1名となった。選考委員会は、5回委員会 以降、業績評価書と委員会報告の作成を課題としたが、未読の論文をも検討して「人事管理論」についての業 績評価書を作成することになったのであり、このことについて異論を唱える委員は誰一人としてなく、結局同候 補者の七つの論文の検討をしてみようということになった。そのようなことから委員会が延長されたものであり、 委員会として「そのまま教授会に報告すれば教授会が紛糾する」などと考えたわけではない。ましてや、「田尻 が採用候補者の採用が危うくなることを恐れた」など独断も甚だしい。田尻が主査の反対を覆す目的の下に4 回で終了させなかったという主張に至っては唖然とするばかりである。
B 主査は投票後、自己独白の見解を貫き反対の意見を維持した。そして結局は採決結果に基づく提案がな された。賛成した委員も反対した委員も独自の識見に基づいて候補者の資格を判断したもので、その正否を専 門外の第3者が云々すべきではない。ましてや、被申請人が勝手に判断の正否を決めるべき筋合いのもので もない。
 ところが、学長は平成12年3月に、関係者からの事情聴取もせずに委員会の結論を否定した。
もし委員会を5回以上開催したことが懲戒事由となるのであれば、これに賛同した委員全員が懲戒処分される べきであるが、そのようなことがいかに不条理であるかは言うまでもない。
C 被申請人は田尻に対し次の理由を付加している。すなわち、「再審査に踏み切った後の委員会運営におい ても、あくまで科目不適合性を理由に反対意見を表明する主査に対し、田尻は他の委員らと共に主査に対し 『主査を降りるよう』迫ったり、『副査の書いた業績報告書に主査も連署するよう』強要したりした」というものであ る。
D しかし、このような事実は全くない。前述のように、本来業績報告書は、主査及び副査が作成するのが慣例 であるところ、主査は反対票を投じたことから同報告書を書かないと言い出したため、他の委員から「例え反対 であったとしても慣例に従うべきである」旨意見が出た。ところが、主査がどうしても書こうとしなかったことから やむなく副査が作成することになった。その際、田尻は主査に対し慣例でもあるから署名してほしいという意見 を述べたことはあるが、これは委員長としてむしろ当然のことであった。 民主的な手続きに従おうとしなかった 主査の態度は全く問題にされず、他方、田尻が慣例に基づいて署名を求めたことが懲戒の対象となるなど、こ れもおよそ考えられないことである。
3 いずれにしても、申請人田尻は選考委員長としての責務を適切に果たしており、懲戒解雇の理由は全くない ものである。

第6 申請人馬頭について
1@ 同人に対する懲戒解雇事由は、申請人田尻とほば同様である。すなわち「馬頭は選考委員会の副査であ ったが、公募科目は『人事管理論および労使関係論』であったにも拘わらず、公募形式の採用人事において、 選考委員会だけの審議により、担当科目の人事管理論を削除して『労使関係論』のみで採用を可とすることは 手続上の瑕疵に留まらず著しく社会的公平性を欠き、大学の社会的信用を低下させ、名誉を傷つけるものであ るところ、馬頭は主査の意見を無視し、あえて教授会に提出する研究業績評価書を作成した」というものであ る。
A 前述のとおり、選考委員会は公募者の「人事管理論および労使関係論」に関する業績について審議し、議 論を尽くしているもので、「人事管理論」を削除してなどいないのである。そして、審議の結果、「労使関係論」で 採用を可とし、「人事管理論」の担当も可との意見をも付して教授会に提案したことも前述の通りである。
B 被申請人は選考委員会の審議について、「選考委員会において手続上の瑕疵があった」と主張している。 しかし、上記の通り、委員会では適正な審議が行われ、一体どこに瑕疵があったとされるのか意味不明であ る。
 また、選考委員会が上記の結論を出したことが何故に社会的公平性を欠くのか、何故大学の信用を低下さ せたり名誉を傷つけるのか、不可解と言わなければならない
2@ 被申請人は「採用候補者の業績については客観的に見る限り『人事管理論』はもとより、『労使関係論』と しても不適格と判断せざるをえず、仮に馬頭がそのことを承知の上で業績評価報告書を作成したとすれば、就 業規則38条2号はもとより、同条1号の『職務上の地位を利用し、白己の利益を図ることにも該当する』」と主 張している。
A 馬頭は選考委員会において、委員の一人として採用候補者の業績を判断し、自己の意見を述べたにすぎ ない。同人が作成した業績評価報告書は選考委員会により承認されているものである。採用候補者について、 被申請人が独自の見解を有することは自由であるが、白己の見解に反するとの理由から処分するのであれ ば、それは独裁であって、選考委員会や教授会の存在は全く意味をなさない。また、このようなことが許される のであれば、選考委員や教授会の構成員は被申請人の意に反した判断をすることはできず、処分を恐れて自 由な意見すら述べられないことになる。ましてや、「馬頭が不適格であることを承知しながら業績報告書を作成 したとすれば・・・」などと一方的な推測を前提としてこれを処分事由とすること自体、独裁的な感を否めない。
3@ 被申請人は、馬頭が田尻の不適切な委員会運営に加担したと述べ、「選考委員会では『公募科目内容を 勝手に変更した』『委員会としての結論は第4回委員会の投票で一旦出されたにも拘わらず第8回まで延長して 主査の反対意見を変更させようとした』『主査に辞任を強要し、あるいは副査の作成する評価書への主査の連 名を迫った』こと等、大学の教員選考委員会としては概そ考えられない不当な議事運営がなされており、馬頭も 一貫して委員長の不適切な議事運営を支持し、特に主査に対する辞任や評価書への連名の強要については、 馬頭自らも積極的主導的な役割に加担しており、これらの行為は就業規則38条2号に該当する」と述べてい る。
A 選考委員会が公募科目内容を勝手に変更などしていないこと、委員会の結論が第8回まで延長された理 由も前述のとおりである。また、主査に辞任を強要したなどとんでもないことである。前述のとおり、主査が候補 者の「人事管理論」について難色を示したため、候補者の論文を検討しようということになったが、結局、同人の 意見は変わらなかった。ところが、主査は業績評価書を作成しないと述べたため、やむなく副査である馬頭がこ れを作成することになったが、その際、馬頭は主査に対し、連名してほしい旨を委員会で述べたことはある。 こ れは副査として当然の任務である。これを強要だとか連名を迫ったというのはこじつけとしか言いようがない。
4 以上のとおり、馬頭も田尻同様、選考委員として自己の識見の下に採用候補者を評価し意見を述べただけ のことである。被申請人が同人らの委員としての当然の行為に対し懲戒解雇処分をなすことは著しい職権の濫 用である。

第7 申請人八尾について
1 被申請人は同人に対する懲戒事由として次のように主張している。
@ 八尾は経済学部経営学科採用人事に関する審査教授会の学部長として議長を務めた際、多くの根本的疑 念が指摘されたのにも拘わらず委員会報告を是とする方向で議事を運営し、強引に投票に持ち込もうとした。 議長として専断的議事運営をしたことは就業規則第38条2号に該当する。
A このような事実は全くない。審査教授会は平成12年2月22日に開催され、選考委員会の提案に対する賛 否の意見が出された。八尾は議長として賛否の議論を進め、主査らの反対意見にも十分に発言時間を与えた 上で投票に入ったものである。結局、教授会では選考委員会の提案が受け入れられた。投票の結果、賛成、 反対、白票などあったが、それは教授会の各人がそれぞれの見識に基づいて判断した結果である。
教授会の構成員は、それぞれが自己独自の見解をもった優秀な人材であり、議長が勝手に議事進行できるも のではない。被申請人は教授会の結論が気に入らなかったことから、議長であった八尾の責任を追求しようと しているにすぎず、同人が委員会報告を是とする方向で運営したとか、強引に投票に持ち込もうとしたなどとの 主張は一方的な決めつけ以外の何ものでもない。また、このような主張をすることは、出席した教授らの人格や 識見を誹謗するものである。
B 被申請人は、八尾の上記以外の懲戒解雇事由として大要次の主張をしている。
ア 大学改革事業に対する妨害をした。すなわち、大学院開設準備委員会及び新学部開設準備委員会の議事 を妨害し、議長権限を侵害した。
イ 学内外の者に大学の経営見通しや予測にかかわる主張の文書を繰り返し発送し続け、理事会事項に干渉 し、学部長としての権限を逸脱乃至濫用している。
ウ 学内外の者に対し学長を非難し、名誉を傷つける文書を送付した。
C 新学部及び大学院設置については学内でそれほどの異論はなかったが、少子化の一途にある社会的状 況があり、学生が必ずしも集まらない現状で学部を増設することは大学の財政画から問題が多く、場合によっ ては大学存続の危機をもたらすことになりかねない。八尾はこのことを懸念して学長に慎重な判断を求めた。
八尾が準備委員会において財政問題を持ち出すことがあったのは事実である。しかし、それで議事が紛糾した ことなどないし、出席委員からもその発言内容を問題とされたことはない。
D 八尾が委員会の議事を妨害したことはない。もしその準備委員会でそのような事態があったとすれば、議 長が注意すればそれですむことである。ところが、学長は八尾に対し、特別に意見を述べさせて論争までしてい る。このような措置を講じながら、八尾の行為を懲戒理由にするのは信義に反すると言わなければならない。
E また、八尾は平成9年6月頃から平成12年4月頃までの間、学長に書簡を送り、理事長に対しても数回書 簡を送っているが、それは大学の問題を憂えてのことである。八尾は礼を尽くして学長や理事長に対し、大学 のために書簡を送ったものであることは、その内容からも明らかである。その内容は主として、将来計画の策 定と具体化にあたっては充分な調査と分析、予測と試算をして「誤りのない判断をお願いします」という趣旨のも のが殆どであった。八尾が関係者らに宛てた書簡も、論理を尽くして訴えているもので、これもまた一途に大学 のためを思っての行為である。これらの書簡によって学科の新設が遅れたとか、大学院の設置が遅れたという ことはない。八尾が大学のことを心配して書簡を送り、意見を理解してもらおうとしたのは言論の自由の範囲内 であり、大学においては欠かせないものである。これらを理由に懲戒解雇することは明らかに処分権限を逸脱 していると言わなければならない。
F 八尾は学長を誹謗中傷したことはない。八尾が学長に宛てた書簡をみれば容易に理解できることである。
2 上記の通り、八尾が大学の財政問題を憂え、度々書簡を送ったり、学長に無責任であるとか経営問題を無 視しているなどとして学長の名誉を傷つけたと考えるのであれば、大学は八尾に対しこれをやめるよう注意や 忠告をするなどし、それでも言動が止まない場合には、相応の処分をするなりの方法があったはずである。 開 設準備委員会での発言が委員会の目的に反し、その議事進行を妨げているのであれば、委員を解任すれば すむことである。そうしたこともせず、突如懲戒解雇という過酷な処分をするのは明らかに適正手続に反するも のである。
第8 以上の通り、本件申請人らに対する懲戒解雇処分は、被申請人の恣意に基づく全く理由のないものであ り申請人らは早期に救済されるべきである。